都会(まち)の喧騒を離れた裏通りに、その店はある。 バー「ピーチ・ハート」。気配り抜群でしっかり者の美形マスター趙雲氏と、ちょっぴり気の弱い天然癒し系のアルバイト姜維くんが切り盛りする、小さなカウンターバー。 今夜も、ちょっと疲れた男たちが羽根を安めにやってくる……。 PART.10 ハッピー・バースディ! 「わあ〜、かなり遅くなっちゃった。マスターにしかられるぞぉ…」 ぼく(姜維)は、地下鉄の駅からアルバイト先のバー「ピーチ・ハート」までの道のりを、大汗をかきながら走っていた。 5月5日、こどもの日。 本当なら祝日はお休みなのだが、今日は特別に営業するから7時にきてほしい、と前もって趙雲マスターから念を押されていたのだ。 息せき切って店にたどり着いたときには、7時20分を余裕でまわっていた。 「やべえ…。はあ〜。連休っていうんで、羽をのばしすぎちゃったなあ」 マスターの、にこやかだが(本当は)怖い顔を想像して、ぼくは首をすくめた。……のだが。 「はれ?」 いつもなら出ている電飾の看板もなく、がっしりした木のドアには、「本日休業」のプレートが下がっている。 「は? 休み? なんで?」 狐につままれたような気持ちでおそるおそるドアを開けてみると、中はいつもどおりのピーチ・ハートだった。 「お、ようやく主役の登場だ」 「遅かったわねえ、姜維くん」 常連の張飛さん、孔明さんのセリフもいつもと同じ……じゃないぞ? え? 主役って誰のこと? 全く状況を理解できずに立ちすくむぼくに、マスターが満面の笑顔で声をかけた。 「姜維くん。待ちくたびれましたよ」 「す、すみません、マスター」 「さあ、早く、こっちへ座って」 マスターが指し示したのは、店の一番奥にあるテーブル席だ。 すすめられるままに、ソファの真ん中に腰をおろしてみたが、相変わらず頭の中は「?」マークだらけだった。 「なにしろ、今日はあなたのための特別営業なんですからね」 ぽかんとしているぼくの前に、マスターが大きなケーキを運んできた。 ケーキの上には21本のローソク。 (あ? これって、もしかして?) いつのまにかぼくの周りには、マスター、張飛さん、孔明さん、そして、いつから店にいたのか気がつかなかったけれど、徐庶さん、馬超さん、馬岱さん、さらには夏侯惇さん、夏侯淵さんまで集まっていた。 「姜維くん、誕生日おめでとう。私と、ここにいる皆さんからのささやかなお祝いです」 「マスター……!」 そうだった。ぼく自身すっかり忘れていたけど、5月5日はぼくの誕生日だったんだ。 「さあさあ、早くローソクを吹き消して」 張飛さんにうながされて、ぼくは思いっきり息を吐き出した。目頭が熱くなったのをごまかすために、ちょっとおどけてポーズをとってみる。 「おめでとう!」 「姜維くん、おめでとう!」 「これからもよろしくな!」 マスター秘蔵のシャンパンを手に、みんなの笑顔と歓声がいっぱいに広がる。 「これ、みんなからのプレゼントよ。見立てたのは、もちろんワタシだけどね」 孔明さんが真っ赤なバラの花束を手渡してくれた。 「……ありがとうございます」 感激でぼんやりしていると、馬超さんに思いっきり肩をたたかれた。 「ひと区切りついたら、後は俺と馬岱の生演奏もあるぜ。楽しみにしててくれよな!」 「は、はい」 こんなうれしい誕生日って、もしかして子どもの頃以来かもしれない。家族以外の人たちに自分の誕生日を祝ってもらうということが、こんなに幸せだなんて初めて知った。 その夜、「ピーチ・ハート」は遅くまでにぎやかな音楽と笑い声に包まれ、ぼくにとって、忘れられない記念日になった。 マスター、みなさん、本当にありがとう。 未熟なぼくだけど、こちらこそ、これからもよろしくお願いします。 |
了 2011/5/27 |
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【あとがき】 サイト開設6周年記念SS、最後のひとつはやっぱり「ピーチハート」シリーズでした。5月5日を誰の誕生日にしようかと悩んだんですが、そこはやはり主役の姜維くんということで(笑)。 そして、パラレルワールドであるこのシリーズでは、たとえ誕生日がきても、毎年のようにクリスマスがきても、バレンタインデーがきても、姜維くんは永遠の21歳、大学3回生のアルバイター。これもまたお約束ということで、シリーズ全体の中ではいろいろ辻褄の合わない部分もありますが、そこは大目に見てやってください。 「いにしえ・夢語り」も6周年を迎え、気持ちも新たに新しい一歩を踏み出しました。 これからも、「ピーチ・ハート」の仲間たちともども、末永くよろしくお願いいたします。 |
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