帰 郷 Episode 1 |
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毎年、お正月には田舎に帰るのだが、思いがけず今年は、平助くんと二人で里帰りすることになった。 今思えば、何て大胆なことを言ってしまったんだろう、と自分でも冷や汗が出る。 だけど、あの時、平助くんのあんな顔を見せられたら、後先考える余裕もなく、ほとんど衝動的に「一緒に帰ろう!」と言わずにはいられなかった。 12月30日の昼過ぎ。私たちは、冬晴れの京都駅から山陰方面へ向かう列車に乗り込んだ。 年末の帰省ラッシュを避け、普通列車を乗り継いで北に向かう。 京都から5時間足らずの列車の旅。私の故郷は、この時期ズワイガニ漁でにぎわう、日本海に面した小さな港町だ。 列車は、ゴトンゴトンと気だるい音を響かせながら、山の中を走る。 平助くんと私は、冬日のさす座席に並んで座り、しゃべったり、本を読んだり、音楽を聴いたり、時折居眠りしたりしながら、ゆっくりと過ぎる時間を見送っていた。 「なあ、花梨って、俺たちのこと詳しいだろ?」 突然、平助くんが私に尋ねた。 「うん……。まあ、ね。新選組のこと好きだから」 「俺たちって、そんなに有名?」 「新選組って、今もすごく人気あるんだよ。特に土方さんや沖田さんは、若い女性にモテモテなの」 「へええ。土方さんが女にもてるのは、まあ分からなくないけど、総ちゃんが人気あるってのは、どうも……」 平助くんが真剣に悩んでいるのを見て、私は吹き出してしまった。 笑い転げる私に、平助くんがぽそりとつぶやく。 「じゃあ花梨は、俺があの後どうなるか、知ってるんだよな」 「………!」 思いがけない問いかけ。 いや、決して思いがけなくなどない。 出会ったときから、ずっと、心に引っかかっていたのだ。 歴史上の真実、油小路の惨劇を、いつか彼に伝えなければいけない、と。 思いながら、先延ばしにしてきた。まっすぐに、彼と向き合う勇気がなくて。 そして、今もまだ私は、平助くんにとっての残酷な現実を、彼に伝えられずにいる。 長い沈黙の後、私は重い口を開いた。 「知ってる……よ。でも、言わない。今はまだ、言いたくない……」 平助くんは、ほんの少し、怖い顔をして考えていたけれど、 「そっか。分かった。それじゃ俺も、もうそのことは聞かねえよ」 すぐにさばさばとした表情でそう言うと、「困らして、ごめん」と小さく頭を下げた。 「花梨のそんな顔、見たくねえもんな。それに、あんまりいい話じゃなさそうだし?」 「平助くん、ごめんね――」 彼があまりにも素直に引いてくれたから、かえって私は涙が出そうになった。 これは私のわがままだ。 少しでも長く、平助くんとの幸福な時間を紡いでいたい。この奇跡のような幸せを壊したくない。 そう思う気持ちが、私を後ろ向きにさせる。 「いつかきっと話すから。だから、それまで待ってて」 私は、ダウンコートの袖で隠すようにして、そっと涙をぬぐった。 平助くんは、無言で、そんな私の肩をそっと抱き寄せてくれた。言葉はなくても、彼の優しさと思いやりがさざなみのように伝わってくる。 逞しい胸に耳を寄せて、私はじっと、平助くんの鼓動を聞いていた。 やがて、陽が傾き、車窓にちらちらと雪が舞い始める。 山肌に白い雪が目立ち始めたら、日本海が近くなったしるしだ。 列車が、懐かしい故郷の駅に着くまで。 もう少し、あなたと二人、こうして肩を寄せていたい。 たとえ「今」が、流れ去っていく時の断片に過ぎなくても。永遠にこの瞬間を忘れないように。 あなたの優しさを、そして厳しさを、私の記憶に刻みつけるために――。 |
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<Episode 2 に続く> |
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