いにしえ夢語り浅葱色の庭言の葉しずく



帰 郷  Episode 2


――お風呂ですよ!



久しぶりの実家でくつろぐ私の横で、平助くんはちょっと緊張している。
父も母も、初対面の彼にあまりプレッシャーをかけないように気を遣ってくれてはいるのだが、それでも平助くんには、決して居心地がいいとはいえないだろう。

夕食の後、私の部屋で、こたつに入りながら二人でテレビを見ていると、台所から母の呼ぶ声が聞こえた。
「花梨。お風呂沸いたから、平助さんに一番に入ってもろたらどうや? 長旅で疲れてはるやろ」
「ありがと。そうするわ」
母に言われて、私は平助くんを浴室へと案内した。
入り口を開けて中をのぞいた平助くんは、
「うわあ、すっげえ広くて明るいな」
と、歓声を上げた。
京都のワンルームマンションの、狭くて薄暗いバスルームしか知らない平助くんが驚くのは無理もない。
「ここにバスタオルと着替えを置いとくから。ゆっくり入ってね」
「おお、ありがとな」
平助くんが服を脱ぎ始めたので、私はあわてて脱衣所の戸を閉めた。

「ちょっと、ちょっと」
台所から、母が手招きしている。
「何?」
「あんた、さっき言うてたけど、平助さんって日本のお風呂とかあんまり分からへんのやろ」
「え? あ、うーんと……まあ、そう言えば、そうかな?」
両親に平助くんのことを紹介するとき、まさか幕末からタイムスリップしてきた人だとは言えないから、つい最近外国から帰ってきたばかりの帰国子女で、日本の世情には疎いため、いろいろと不可思議な言動があるかもしれないが気にしないでほしい、と強引に納得させてあった。
内心、そんな嘘でごまかせるのかと不安だったが、母は私の言葉を少しも疑っていないらしい。
「それやったら、シャワーの使い方とか、ちゃんと説明してあげんと」
「いやぁ、それほどでもないと思うんやけど――」
そう言ったとたん。
「うわ〜〜〜〜っ!」
浴室から、天地がひっくり返ったかのような叫び声が聞こえてきた。
「どうしたの? 平助くん、大丈夫っ?」
びっくりして、風呂場の戸を開けた私の目に飛び込んできたのは、浴槽の中で泡にまみれて目を白黒させている平助くんの姿だった。
「あ、おい、花梨。これって、どうなってんだ? 急に泡が……風呂が爆発しちまうっ」
「はあっ?」
どうやら、知らずにバブルバスのスイッチを押してしまったらしい。
私が中に入ってスイッチを切ると、勢いよく噴き出していた泡が静かになり、頭まで泡だらけになっていた平助くんは、ほっと安堵のため息をついた。
「はああ。助かったぜ……」
浴槽の中で脱力する彼の姿に、私はこらえきれずに大笑いしてしまった。
「なんだよ。そんなに笑うことねえだろ。人が死ぬほどびっくりしてるってのに」
「ごめん……。でも、やっぱり、ダメ。おかしくて笑い死ぬ――」
笑いすぎて涙を流している私を見て、平助くんは、がまんできない、という顔で立ち上がり、両手で私の頬を引っ張ろうとする。
「この口が言うのかっ、この口が!」
ダメだよ、平助くん。そんな格好で立ち上がったら……息子が丸見えだよ!
「きゃあっ、平助くん、やだ〜〜っ!」

      

「何やってるんだ? 花梨は」
「さあ。何やってるんでしょうねえ」
浴室での大騒ぎも、父と母には、私たちがじゃれ合っているとしか思えなかったのだろう。
父はその夜、苦虫を噛み潰したような顔で一晩中ビールを飲み続け、母はそんな父をなだめるのに苦労したらしい。

こんな家族だけど、平助くんは気に入ってくれるかな……。(^^ゞ



<Episode 3 に続く>

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