平助くんと私の六十日間 |
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「ああ〜〜、やっと試験も半分終わったね」 「後の山場は、来週の世界史と民俗学ってとこ?」 放課後のキャンパスでは、乙女たちのおしゃべりが花盛り。 後期の試験が終われば冬休みとあって、みんなの会話も心なしかはずんでいる。 「花梨(かりん)は、もうゼミの論文は仕上げたって言ってたよね」 「ええっ、早〜〜い!」 「うふふ。先手必勝!なのだよ、諸君」 羨望のまなざしに囲まれて、私は、ちょっと誇らしげにポーズを決めてみせた。 「そりゃあ、愛する藤堂平助サマがテーマなら、いくらでも書けるよね。ラブレターみたいなもんなんでしょ、花梨にとっちゃ」 親友が、軽く私の頭を小突く。 私が、新選組の藤堂平助という隊士にぞっこんなのは、友人たちの間では公然の秘密なのだ。 「おおー、それはまた、妬けまするな」 「余裕だよねえ、花梨は。私はこの土日、徹夜かなあ」 はあ、とため息をもらした友人に、私はおどけてエールを送る。 「――がんばっ!」 ゼミ友だちとそんな会話を交わして別れた週末。 まさかその次の日の夜に、文字通り「降って」わいたような事件に巻き込まれることになるなんて、そのときの私は考えてもいなかった。 私の名前は、山村花梨(かりん)。京都の某女子大学に通っている。文学部史学科日本史専攻の3回生だ。 実は、高校生のときから「超」のつく新選組ファンである私は、何が何でも史学科、それも京都にある大学に進みたかった。少しでも、新選組の息吹を感じられる土地、彼らの足跡の残る場所に近づきたかったから。 そうして念願の京都に住むことになった私は、実家を離れて、市内のワンルームマンションで一人暮らしをしていた。 希望どおり、大学で日本史を学び、ゼミのテーマに幕末を選び(さすがにレポートに新選組を取り上げたときは、先生も眉間に皺を寄せていたが)、休日には市内の史跡めぐりをする……という、願ったり叶ったりの「新選組とりわけ藤堂平助(←ここ重要!)フェチライフ」を満喫していた私に、信じられない出来事が起きたのだ。 その夜、「平助くん」が私のベッドの上に落ちてきた――。 それは平成20年も暮れようかという12月13日、土曜日の夜のこと。 ぐっすり眠っていた私は、突然自分の上に落ちてきた「もの」に驚いて飛び起きた。 「何? どしたの? 地震?」 寝ぼけ眼でベットに身を起こした私は、次の瞬間、気絶せんばかりに青ざめた。 だって、ベットの上には、見慣れない格好をしたひとりの若者が座っているんだもの。 (まさか、泥棒?! もしかして、強姦魔??) 叫ぼうとしたが、喉が引きつって声が出ない。 そんな私におかまいなく、若者はせわしなく辺りを見回している。 そして。 「――何じゃ、こりゃあ??」 ようやく発せられた素っ頓狂な声に、私はちょっぴり面食らい、一瞬恐怖を忘れた。 「あ、あなた、誰っ?!」 「お前こそ誰だよ?」 ようやく若者は、私の存在に気づいたらしい。 私の方をまじまじと見つめていた彼は、さらに途方に暮れた。 「だいたい、ここはいったいどこなんだ? ええっ? 俺、いったいどうしちまったんだ?」 「とにかく、落ち着いて。あなた、どうしてここにいるの?」 私はやっとの思いでベットを這い出し、部屋の明かりをつけた。 「どうして、って言われてもなあ。なんで俺はこんなとこにいるんだ? 訳分かんねえよ」 それはこっちのセリフよ、と言いかけて、私は自分の目を疑った。 明るい光の中で見る彼は、何と言ったらいいんだろう、とても変わった格好をしていたのだ。 時代劇で見るような……。着物を着て、袴をはいて、頭は……ポニーテール? じゃなくて、髷を結っている。そして、腰には大小の刀を差していた。 「あなた、何? 侍のコスプレーヤーさん?」 「こすぷ……何だ?」 どうやら違うらしい。といって、時代劇に出ている俳優にも見えないし。いったい、何なの? ただ、少なくとも、強盗や強姦目当てで忍び込んだ悪人ではないことが分かって、私は少しほっとした。 「ねえ、お茶でもいれるわ。コーヒーの方がいい?」 「こーひー?」 どうも話が通じない。私は説明するのをあきらめて、とっておきの煎茶をいれた。そして、まだ呆然としている彼に差し出した。 「あ、ああ。……ありがと」 「よかったら、あなたがどこの誰なのか話してくれない?」 その後、彼が話してくれた内容は、とんでもなかった。 あまりに現実離れしていたため、これはきっと夢にちがいない、と私は何度も自分の頬をつねり、そのせいで赤く腫れてしまったほどだ。 だって。 ――彼ったら、自分は御陵衛士の藤堂平助だ、っていうんだよ。御陵衛士の藤堂平助って、新選組八番隊の藤堂平助サマのことでしょ。そんなこと、あるわけないじゃない。平助サマは140年も前に死んだ人なんだよ……。 いくら私が藤堂平助が大好きだからって。 そりゃあ、一度でいいから、夢でもいいから彼に会いたい、って願わなかったと言えば嘘になるけど。 でも、こんなこと現実に起きるはずがない。あっていいわけがない。私にだって、それくらいの判断はできるのだ。 「分からない。何がどうなっているのか」 彼は、少し憂いを帯びた瞳で、遠くを見つめる。 「新選組に斬られた伊東さんの遺体を引き取りに、仲間とともに油小路へ向かう途中だったんだ」 「伊東さんって、参謀の伊東甲子太郎さん?」 油小路って、まさか――? 油小路の変は、慶応3年11月18日に起きた。これは旧暦だから、今の暦に直すと、12月13日になる。これって、今日の日付だ! (それじゃ、本当に、この人は、私の大好きな新選組の藤堂平助なの?) 世界がぐるぐる回っている。 こういうのをタイムスリッパ……じゃない、タイムスリップっていうんだっけ。 うれしいような、怖いような……。突然、自分の上に降ってきた幸福(あるいはとんでもない不幸?)を扱いかねて、思わず叫びだしたくなるのを、喉元でかろうじてこらえると、 (――夢じゃないんだ!) 私はもう一度、思いっきり自分の頬をつねった。 |
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<2 に続く> |
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