いにしえ夢語り蜀錦の庭三国志を詠う



鎮 魂 (レクイエム)




私が死んだら
この胸の思いは どこへ行くのだろう

丞相から託された大いなる志
追いかけ続けた遠い夢
今もなお 沸々とたぎる熱い願い


行き場をなくした情熱は
大地に流れた私の血を伝って
どこまでも深く染み渡り

砕け散った夢の欠片は
いつまでも消えることなく 
中空に漂い続けるのだろうか


すべてを賭けた 起死回生の奇策は
誰に明かされることもなく
ただ 我が胸中に在るのみ

この身が塵と消え果てるとき
最後まで信じ抜いた 回天の奇跡も
また 永遠の封印の中に閉ざされるのだ



ああ、私は死ぬのか――



遠のいてゆく意識の底に
あざやかに浮かんだのは
今は亡き尊きひとの 懐かしい笑顔
そして
あの日あなたとともに見た 五丈原の空


もはや 何も感じない
痛みも
悲嘆も
後悔さえも――


香蓮
きみに会えてよかった

愛しき子らよ
そなたたちの父であることを誇りに思う

丞相
あなたの期待に応えること能わず
このような所で無様に果てる 不甲斐ない私を
どうかお許しください



ああ 願わくば
我が思い天に至りて
夜空に輝く星となれ

せめてこの身は
天地を照らすささやかな灯火となり
胸にあふれる思いを
永久(とわ)に注ぎ続けよう

この悠久の大地に
愛しき者たちの上に





◆◇「鎮魂(レクイエム)」によせて◇◆

蜀漢の最後を飾る武将 姜維伯約。旧暦1月18日は、彼の命日です。
大好きな姜維の冥福を祈って、ささやかな鎮魂祭を開催したのですが、期間中にぜひとも、彼の最期を詠った詩をアップしたいと思っていました。
起死回生を賭けた最後の秘策が破れ、押し寄せる敵兵の刃に斃れた時、姜維は何を思ったのでしょう。薄れゆく意識の中に、何を見たのでしょうか……。
生まれ育った天水の大地。懐かしい母のこと。愛する家族の面影。
あるいは、自分に新しい生命を与え、進むべき道を指し示してくれた丞相 諸葛孔明への思い。
その孔明の遺志を継ぎ、ひたすらに駆けてきた己の生涯。
追い続けた、ただひとつの夢。
そして今、己が魂とともに砕け散った、希望――。
すべての思いは、天に還ったのでしょう。
あの日、孔明とともに見た五丈原の空に。




BGM 水上幻影/From「遠来未来」

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