今月のお気に入り

わが青春の 「宝島」


今までで、私が一番好きだったテレビアニメ。これからも、この作品以上に心をふるわせるものには、おそらく出会えないだろう。
それが――「宝島」。
もう25年以上も前の作品なのに、未だにあの頃の感動を忘れることができない。
「あなたに出会い生をうけ、あなたを失い死を知った」とは、テレビゲーム「幻想水滸伝」の挿入歌のフレーズだが、まさしく私の場合、「宝島」に出会ってアニメの真髄を知り、「宝島」終了とともにアニメに燃えた青春時代も終わったのだと思う。

●よみがえる「宝島」への想い

我が家には、立派なBOX仕様の7枚組み「宝島」のLDがある。放映終了からずいぶん経っていたが、発売されることを知るや、1も2もなくわざわざ遠くの店まで予約をしにいって手に入れたものだ。
近頃はLDなんて、めったに見ることがない。重くてかさばるし、第一LDプレーヤーをテレビにつないでいないし(爆)。けれど今でも、これは私の大切な大切な宝物。
先日、思い立って(この原稿を書くために)、久しぶりに宝島のLDの最後の1枚を見直してみた。
それまでは、今さら心の奥底の引き出しをこじ開けるのもなんだかなあ……と、かすかな抵抗があったのだが、オープニングの曲が流れ、焼きつくように飛び込んでくる「宝島」のタイトルを目にすると――。もういけない。
ああ、懐かしいシルバー、ジム、グレー……。
目を閉じれば、熱いものがふつふつと胸の中に波立ってくる。そして、それからず〜っと「宝島」のことが頭を離れず、ぐるぐると私のまわりを回り続け、憑かれたようにこの原稿を書いている私がいる(苦笑)。

思えばあの頃、「宝島」は私にとって人生の応援歌であり、夢であり、生きていく指針そのものだった。
仕事に疲れ、現実に落ち込み、希望を見失いそうになった時、♪ただひとつの 憧れだけは どこの誰にも 消せはしないさ〜 の歌詞に、どれほど勇気づけられたことだろう。
あわただしく過ぎていく時間の速さに茫然と立ち尽くし、抱えきれない夢の重さに押しつぶされそうになりつつも、「その気になりさえすりゃ、俺たちゃあまだまだ飛べるんだ!」とうそぶいていられたのも、シルバーのおかげだ。
あれからどれほどの年月が過ぎたのか――。私は二人の子持ちになり(シシャモかい?)すっかりオバサンになってしまったけれど、でもやはり、心の奥底に忘れきれない「もの」がある。
「宝島」の世界は、もう遠い過去のものになってしまったつもりだったのに、今もこうしてあの頃のように、高揚した思いでシルバーと向き合っている自分がいるということが、ちょっぴり不思議だ。

☆「宝島」とジョン・シルバー

1978年に日本テレビ系列で放映されたアニメ(全26話)。関西での放送は、日曜日の夜6時30分からだった。
原作はもちろんスティーブンソンの「宝島」であるが、監督の出崎統氏は、敵役である海賊ジョン・シルバーを「目標に向かって突っ走る、男気あふれる海の男」として再構築することで、原作とはまったく違う世界を作り上げている。
ジムが純粋に憧れ慕った強くて優しいシルバーと、大悪党である海賊の親玉シルバーとは、まったく相容れぬものでありながら見事に一人の「漢」として成り立っている。正義とか善悪とか、そんな既成のものさしでは到底測りきれない場所に、彼は立っているのだから。

●善悪を超越した男

なんといっても、シルバー! ジョン・シルバー!
テレビアニメ「宝島」の魅力は、この男の存在に尽きる。
腕のいいコックで、海賊で、嘘つきで、人殺しで……とんでもない大悪党! それでいて、惚れ惚れするほど強くて優しい「海の男」。彼に関しては、もうほとんど原作を無視して、既成の善悪の範疇には収まりきらない、魅力溢れる人物として描かれている。
「宝島」はもちろん子ども向けのアニメで、主人公は(表向き)ジム少年なのだが、その実、本当の主人公は、まちがいなくこのジョン・シルバーなのだ。

最初、シルバーは信頼できる仲間、理想の「海の男」として、ジムの前に登場する。彼は決してジムを子ども扱いしない。一人の男として、対等の人間として、真正面からジムに応えてくれるのだ。
見事な采配で海賊船を撃退し、不屈の精神力で嵐の海を乗り切る。一本足というハンデを微塵も感じさせない圧倒的な強さで。ある港でジムが人さらいにさらわれたときなど、シルバーは身の危険を顧みず、ジムを救ってくれる。
そんなシルバーに、ジムはとことん憧れる。父親の影さえ重ねようとする。だって、海と冒険を夢みる純粋な少年にとって、彼のかっこよさはもう、反則的だもの(笑)。
だからこそ、シルバーが本当はフリントのお宝を狙う海賊の親玉で、自分たちをだましていたのだと知ったときのジムの失望、怒り、悲しみ……は、計り知れない。
ジムと一緒になってシルバーに魅せられていた私にとっても、奈落の底へ突き落とされたようなショックだった。(原作を知っているのだから、最初から「シルバー=一本足」って分かっていたはずなのに、どうしてもあのシルバーが悪人とは思い切れなかったのだ)

これ以降、シルバーは海賊の素顔をむき出しにして、ジムたちに戦いを挑んでくる。そのやり方がけっこうアコギで、ジムは何度も何度も、悔し涙、怒りの涙を流すのだ。
「よくもみんなをだましたな! シルバーのせいで、大勢の仲間が殺されたんだ。絶対に許せない!」と。
それでも――。
どうしても、心底シルバーを憎みきれないジム。
もう二人の時間は元に戻らないけれど、楽しかった日々は過去の夢になってしまったけれど……。
あの日のシルバーが嘘で固めた幻だったとは、思いたくない。負け犬になってしまったシルバーなんて認めたくない。
拒絶しながら求めている。憎むと同時に激しく惹かれている。
男の友情なんて陳腐な言葉では片付けられない、シルバーとジムの激しく深い魂のつながりには、嫉妬さえ感じてしまうのである。
そんなジムの複雑な思いに違和感なく感情移入できてしまうのも、シルバーという男の人物造形の巧みさゆえだろう。
海賊稼業の、おっかない男の、内側に秘めた限りない優しさと温かさ。まさに男の典型、「出崎イズム」の原点ともいうべき、ジョン・シルバー。
シルバーとともに過ごした半年間の航海。私にとっても、それは長く果てしなく、いつまでも心に刻む旅だった。

●「出崎統+杉野昭夫」ワールドの最高峰

「宝島」の圧倒的な迫力と面白さは、出崎統氏の演出と、杉野昭夫氏の作画によるところが大きい。お二人は「あしたのジョー」の頃からの名コンビで、数多くの傑作を世に送り出しておられる。
出崎さんの演出は、止め絵やフラッシュバックなどを多用した独特の劇画調で「出崎調」とも呼ばれている。
さらに、「出崎イズム」ともいうべきリアリティーあふれる世界観と、細かく造りこまれた登場人物のモチーフがすばらしい。出崎さんの作品に登場する男たちは、それこそほんの端役にすぎない男たちまで、ダンディズムに裏打ちされた、生身の血の通った人間なのである。
そして「宝島」こそ、完璧なまでの「出崎イズム」の開花だった。
ここに登場する男たち、女たち……それぞれに悩んだり、苦しんだり、泣いたり、笑ったりしながら……彼ら一人ひとりの心臓の鼓動、息遣いすら聞こえてくるほど。
男たちの体臭まで感じさせるほどのリアル感は、やはり出崎さんならではのうまさだろう。

「宝島」の最終話、10年後のシルバーとジムの再会は、原作にはないオリジナルストーリーである。
宝島への冒険から10年。船乗りになっていたジムは、ある港町で「懐かしい男」に出会う。半年前に妻を亡くしたばかりの、酒場でみじめに酒をせびっている、年老いた白髪のシルバーだ。
それは、かつてジムが憧れたシルバーではなかった。老いぼれて、やけっぱちになっていて、その目からは夢や未来の光が消えていた。
自分の知らない、知ってはならないシルバーの姿を見たようで、身体のしんがふるえるほどの懐かしさを感じながら、言葉を失ってしまうジム。話したいことは胸にあふれているのに。
それでもジムは、やっとの思いで声をふりしぼる。
「シルバー! 会いたかった……俺、あんたに会いたかった――!」
シルバーはそんなジムを拒絶し、冷たく突き放してしまうのだが、その後、矢も盾もたまらず追いかけていった港のはずれで、ジムは「本当に会いたかったあの日のシルバー」を見つけるのだ。
シルバーは、老いてもう飛べなくなったオウムのフリントに、懸命に呼びかけていた。
「さあ、どうした、フリント。おめえはまだ老いぼれちゃいねえ。飛べねえわけはねえんだ。さあフリント、飛んでくれ」
それは、シルバーが我が身に向けた言葉でもあった。その呼びかけに応えるように、フリントは力をふりしぼって羽を広げる。
「ほうら見ろ、飛べたじゃねえか。フリント」
きっとシルバーは、背中にジムの熱い視線を感じていただろう。ジムに、そして自分自身に言い聞かせるように、静かにつぶやく。
「どこへ行ったって、どんなことに出くわしたって、その気になりゃあ、俺たちはまだまだ飛べるんだ――」
振り返ったシルバーは、ジムに向かって不敵に笑ってみせる。あの日のように。
これこそが、ジムが探し続けた「俺の、ジョン・シルバー」なのだ!
けれど、それはジムが蘇らせたのだと思いたい。甘いといわれようが、ジムのまっすぐな思いがシルバーの心に届いたのだと信じたい。
このエンディング・カットを見せるために、スタッフは半年かけてこの作品を作ったのだ――。そう思わずにはいられないほど、見事なラスト・シーン、出崎さんからのメッセージだった。

「宝島」終了後、一度だけ、出崎さんにお会いしてお話を伺ったことがある。
それこそ夢のような時間で、階段を踏み外しそうなくらい舞い上がっていた私は、何を話したのかさえ覚えていないのだが、「ファンです〜〜!」といって押しかけた私たちの質問に、一つひとつていねいに、真摯に答えてくださったのが印象的だった。
さらに、私のつたないファンレターにも、ていねいな返信をいただき、涙が出るほど感激したものだ。
その中の、「シルバーは、私の夢でも理想でもありません。男はみんなシルバーなのです」という一文が忘れられない。「人と人が深く関わりあうとき、男は必ず『シルバーたらん』とするのです」と。
シルバーは、きっと出崎さんそのものなのだろう。「男はみんなシルバーなのです」と言いきってしまえる出崎さんだからこそ、これほどまでにひたむきな男の生きざまを、なんのてらいもなく、リアルに描き尽くすことができたにちがいない。

☆出ア 統(でざき おさむ)

アニメーション監督。1943年11月18日生まれ。東京都出身。
高校時代に貸本マンガ家としてデビュー。1963年に虫プロダクションに入社し、アートフレッシュ、マッドハウスを経て、現在は自らが設立したあんなぷるに所属。
『あしたのジョー』、『エースをねらえ!』、『ガンバの冒険』、『家なき子』、『宝島』、『ベルサイユのばら』、『コブラ』、『おにいさまへ…』、『白鯨伝説』、『ブラック・ジャック』など数多くの作品を手がける。
近作では、劇場版『とっとこハム太郎』、劇場版『Air』、『雪の女王』など。

本当に久しぶりに、「宝島」について熱く語ってしまった。
ジムについて、グレーについて、シルバーの「大切なもの」について、宝の箱の中身について……まだまだ、語り尽くせないことがいっぱいだ。
こうして思いをはせていると、遠いあの日の感動があざやかによみがえってくる。
あの頃は若くて、怖いものなしで、「夢」を夢見ていられたんだ……なんてくたびれた感慨は、このエッセーの最後にはふさわしくないね。いくつになっても、何があっても、自分の生き方を決めるのは自分自身だもの。
人生の折り返し点をとうに過ぎてしまった私だけど、やっぱり最後は、この言葉で締めくくろうと思う。
「その気になりさえすりゃ、俺たちゃあまだまだ飛べるんだ――」ってね。

この駄文をまとめるにあたり、大昔に身内同人誌に載せたエッセーなどを参考にしました。でも、やっぱり当時の文章は、かなりトーンが違います。未熟というか、熱いというか……。「宝島大好き!」の気持ちだけが先行していて、ほとんど単語の羅列(絶叫?)です(笑)。
今なら、もう少し落ち着いた目線で、この作品を振り返ることができるように思うのですが、それにしても文章の未熟さは相変わらずですね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
なおオマケとして、これも大昔に書いた「宝島AFTER」のSSを併せてアップしてみましたので、よろしければご覧になってください。
2005/9/1

●おわ〜っ!こんなステキなページがあるとは知らなんだ!
→感涙の「宝島」紹介 前編後編
●「宝島」友だち 尾崎匠さんのサイト「TAKURAMA-KAN」
●語り部のオリジナル宝島SS「邂逅」

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