いにしえ夢語り浅葱色の庭言の葉しずく




界で一番せな私



横を歩いている平助くんの髪が、さらりと私の頬に触れる。
改めて……本当に改めて、生身の平助くんが隣にいるのだと実感して、私は心の底からうれしくなってしまう。

――神様の気まぐれだろうか。

突然、降ってきた幸せに、最初はどうしたらいいのか分からなくてとまどったけど、今は素直にその気まぐれに感謝したい。
ありがとう、神様。
ありがとう、平助くん。


「なあ、花梨。このやたらキラキラしたやつって、いったい何だ?」
平助くんは、少し歩くたびに立ち止まっては、目を丸くして私に尋ねてくる。
「んとね、それはクリスマスツリーっていってね――」
そう、もうすぐクリスマス。
街中が、クリスマスソングとイルミネーションであふれている。
見たこともない夜の景色に、平助くんは興奮しっぱなしだ。
「俺たちの世界じゃ、夜は暗くて寂しいものだって決まってたんだけどなあ」
不思議そうに夜空を見上げる平助くん。
私は、そんな平助くんの後姿に見惚れてしまう。
髷を解いて、ゆるく後ろで束ねた髪は、腰まで届きそう。つやつやで、さらさらで、うらやましくなるくらい綺麗な髪。
今の日本では、長髪が一般的ではないと知った平助くんは、髪を切ろうかと提案したのだが、私は断固反対した。だって、もったないんだもの。こんなにきれいな髪なのに。
それに。
もし、もしも、だ。彼が元いた幕末の時代に帰ることになったら、髪が短いと困るだろう。そんなこと、絶対にあってほしくはないけど……。
「そのかわり、星がさ、それこそ数え切れないくらいいっぱいで、ほんとに綺麗だったんだぜ」
「うん」
「お前の世界じゃ、星なんて見えねえもんな」
振り向いた笑顔が、ちょっぴり寂しそう。
「花梨にも、あの星空を見せてやりてえなあ」
やっぱり、自分の生きていた場所が懐かしいのかな。
そうだよね。こんな訳の分からない世界で、ひとりぼっちなんだもの。
それまでの自分の人生が根こそぎなくなってしまったようなものなんだもの。
(私ひとりじゃ、どうすることもできないよね……)
私に気を使ってくれているのか、ふだんはそんな素振りを見せない平助くんだけど、時折ふっと、表情の端々に寂しい影がにじむのを見るたび、胸が締め付けられるみたいで切なくてたまらない。


そのとき、暗く凍てついた空から、雪が降ってきた。
「あ、雪だよ! 寒いと思ったら……」
はしゃいだ声を上げた私に、平助くんは優しいまなざしで微笑んだ。
「やっぱり花梨は、笑顔がいいな」
「………」
どきん、と心臓が音をたてた。顔が熱くなる。

――不意打ちだよぉ。そういうの、反則っていうんだよ。

一度火がついてしまったときめきは、もう自分ではどうにもならない。
世界中の誰よりも、平助くんが好き。
本やドラマで知っている藤堂平助ではなく、今、目の前にいる平助くんが好きだ。


はらはらと風に舞う粉雪が、平助くんの髪に、肩に、舞い落ちる。
その雪に、イルミネーションが反射してキラキラ光る。
まるで、空いっぱいに瞬く星のように。
「平助くん――」
私は、平助くんの手を握り締めると、端正な顔をじっとのぞきこんだ。
大きな眸子に、夜の街が、そして上気した私の顔が映っている。
「私には、平助くんの眸子の中に星が見えるよ」
「ば、馬鹿!」
あわてて背を向けた彼。
ごめん、びっくりした?
だけど。
私には確かに見えたよ。あなたの眸子に宿った星の輝きが。
きっとそれと同じくらい、あなたの生きていた世界の夜空は、綺麗に澄んでいたのだろう。
いつか二人で、「平助くんの星空」を見ることができたらいいのに、と心から思う。それはもしかして、とてつもない運命に身を任せることになるのかもしれないけれど。


神様の気まぐれで、あなたに出会えた。
これから先、どんなことがあっても、あなたについていきたい。
平助くんと二人なら。たとえどんな試練にでも、立ち向かっていけそうな気がする。
私はきっと、世界で一番幸せな女の子だ。




2009/5/5