今月のお気に入り

大好き!森川久美ワールド 2

「ソフィアの歌」を中心に
どうしてこんなに泣けるんだろう…?


去年の6月に「お気に入り」で取り上げたのが、漫画家の森川久美さん。そのときのタイトルが「大好き!森川久美ワールド1」で、1ということは当然2を書くつもりでいたのだった。
それから1年、このコーナーもひと回りしたので、今月はいよいよ満を持して、大好きな森川ワールドその2について語ってみたい。

●涙腺にくるマンガ?

近頃めっきり涙腺が弱くなってしまって、マンガでもアニメでもドラマでも、ちょっとしたことでうるうるしてしまう私。CMを見ていて胸が熱くなってしまうことさえある。
感動しやすいのは昔からだったが、森川久美さんのマンガはとにかく「泣ける」のだ。しかも、何度読んでも、毎回必ず同じところで涙があふれてきてしまう。
もちろん他の漫画家さんの作品でも泣けるものはたくさんあるのだが、何というか森川さんだけは特別。……どうしてこんなに泣けるんだろう?
その1で取り上げた上海シリーズはもちろんのこと、ヴァレンチーノ・シリーズの中の「花のサンタマリア」「月空遥かに」、セルロイド・ドリーミングの中の「ミッドナイトスリーパー」、そして「ソフィアの歌」などは、本当に恥ずかしいくらい読むたびに号泣してしまう。
納得のいく理由を探してみるのだが、こればっかりは、森川さんと私の感性が共鳴してしまうのだ、としか言いようがない。
話の盛り上げ方がうまいとか、セリフとモノローグが流れるように交差していく展開が共感を呼ぶとか、考えつく理由はいろいろとあるものの、そんな言葉では語り尽くせない不思議な空間が森川さんのマンガの中には広がっていて、その中にまるごと取り込まれてしまう自分をどうすることもできない。
気がつけば、作中の人物と同化していて、まったく同じように泣いたり笑ったり、世界そのものを共有している。だからこそ、心の底から涙を流すことができるのである。

●絶対「泣ける」シーンをご紹介

もちろん、このシーンだけで泣けるわけではないが(笑)。最初からずっと読み継いできて、気分がどんどん高ぶってきて、で、このセリフとくれば、これはもう泣くしかないっしょ、なのだ。
ただ、やはりマンガである以上、「絵」がないと話にならない。中古書店でもかなり入手は難しいかもしれないが、ぜひ、ご一読されることをオススメする。(以下、非常に激しくネタバレなので、ご注意ください)

「花のサンタマリア」
放浪の錬金術師アエリア(ミカエル)は、久しぶりに帰ってきた故郷フィレンツェで、心臓の悪いジプシーの少女マミーカと出会う。手元に引き取ることになったマミーカは、実はフィレンツェを統治するエウジェニオ・ディ・メディチの娘だった。さらにアエリアは、ミラノ大公となった旧友アストーレから重大な密命を受けていたのだ――。
女性にしてヴェネチアの若き元首(ドージェ)である男装の麗人ヴァレンチーノの活躍を描いた「ヴァレンチーノ・シリーズ」の中の1作。
しかし、この作品にはヴァレンチーノ以下おなじみのメンバーは登場せず、脇役であるアエリアを主人公に、翳りあるその過去を描いている。
アストーレとの葛藤、求め続けて得られなかった幸福、愛されること、癒される日を夢見て……。孤独な魂を抱えてさすらうアエリア。
マミーカとの束の間の穏やかな暮らしも、やがて彼女の死によって終わりを迎える。

 どこからきたのでしょう
 そして どこへいくのでしょう
 みんな それを知りません

 苦しまないで 私のために
 父のために……

 知っていた
 私が父を殺したことを知っていて
 それでも 側にいてくれた……!

 きっと幸せになれるでしょう
 全ては許されるでしょう
 だから その時まで
 あなたは生きてゆくのです

 いつか この地上を離れ
 自由になれる日まで……


 川は流れ
 風は吹き……
 いつか
 自由になれるにちがいない……


「月空遥かに」
ヴェネチアにやってきた異国の姫君シーリーンは、トルコに滅ぼされたイスファハーンの王女だった。まだ12歳の少女(外見は少年)だったヴァレンチーノは、故郷を思って泣いてばかりいる彼女に反発しながらも、強く惹かれていく。しかし、トルコから姫の引渡し要求がきて……。
ヴァレンチーノの少女時代のエピソード。「12にして この高慢」とシーリーンを驚かせるヴァレンチーノの原点が描かれている。
それにしても、「ヴァレンチーノ・シリーズ」って、他の作品はもっとライトタッチのコメディなのに、この2作品だけはどシリアス〜〜! そして、泣けるのだ。

 私は 何もできなかった
 あなたに何もできなかった
 あなたを泣かせるだけだった――!

 なんと無力で
 なんとバカで
 どうしようもない子供だった

 許してくれ シーリーン
 許してくれ

 「私は感謝しているのです」

 何もかも失って
 ただ 泣くことしかできなかった私に
 神は まだ
 愛するものを下さったわ……


「ミッドナイト・スリーパー」
中国への返還を13年後に控え、揺れ動く香港を舞台に、まがい物(セルロイド)の夢を追う悲しい人々を描いた「セルロイド・ドリーミング」シリーズの中の1篇。
主人公シャノンは、子どもの頃路上生活をしていたところを、ジャーナリストのリュウに救われる。リュウにはかつて中国で迫害を受け、恋人を残して香港へ脱出してきた過去があった。そんなリュウに中国情報機関の手が伸びる。リュウを助けようとしたシャノンは――。
お互いに相手を大切に思いながら、その心を伝えられないシャノンとリュウ。見ていてイライラするのだけれど、それが彼らなりの愛情の表現なのだ。
香港返還という歴史的な事件が確かにあったなあ、とこのマンガを読んで改めて世界が動いていることを感じる。
あの当時香港には、さまざまな理由で中国本土から逃げてきた人たちがたくさんいた。その人たちは、香港が中国に返還されたときどうしたのだろう? そんな重いテーマも抱えた作品である。

 このバカの ノータリンの
 おっちょこちょいで 考えなしで
 お人良しのおまえだから
 俺に笑いかけてくれるんだ……

 その笑いだけが
 なにもかも捨てて
 カラッポになった俺を
 救ってくれるんだ

 取り戻しようがない過去を 取り戻そうとした
 自分の愚かさと
 こいつの命を
 引き換えにしないでくれ――!



●ソフィアの愛のかたちに涙…

五木寛之氏の原作を森川久美さんがマンガ化した「ソフィアの歌」
江戸時代、シベリアに漂着した日本人 大黒屋光太夫とロシア人女性ソフィアの悲恋を描いた作品だ。ソフィアの一途な想いが可憐で痛々しくて、涙なしには読めない。
しばらく森川さんのマンガから遠ざかっていて、久しぶりに読んだらめちゃくちゃ泣けて、どっぷりとはまってしまった。
上海シリーズとともに、大好きな森川久美さんの1冊である。

ロシア帝国の首都ペテルブルグ。離宮の庭園管理官の妹ソフィアは、シベリアからはるばる女帝エカテリーナに謁見するためにこの地を訪れた日本人コーダユー(大黒屋光太夫)に出会う。
最初ソフィアは、周りの人間に心を閉ざすコーダユーに反発するが、やがてその壮絶な身の上を知り、次第に心惹かれていく。
出会った瞬間一目ぼれ! というのではなく、ゆっくりと、けれどいつの間にか身を焦がすほどに激しく燃え上がっていく、そんな想いもある。ソフィアの恋は、自分でもそうとは気づかないうちに始まっていた。
けれど、ある事件のせいで、コーダユーはソフィアを誤解したまま、彼女の気持ちは伝わらない。
どれほど想いの丈をつのらせても、振り向いてもらえない辛さ、寂しさ――。

 コーダユー
 私に笑いかけて
 優しい言葉をかけて
 私を好きだと言って……

 もう諦めたわ
 空しい夢……

夢でもいい、と流す涙のせつなさに、読んでいる私の胸も熱く震えたものだ。
日本へ帰りたいというコーダユーの願いを叶えるため、我が身を顧みずエカテリーナに直訴するソフィア。「どうして愛する男を失うようなことをする?」と聞かれて、ソフィアは答える。「あの人を死なせたくないから――」と。
そのけなげな想いに気づき、ようやくコーダユーもソフィアの愛を受け入れ、ロシアで生きていく決心をする。

 忘れよう 日本のことは
 忘れられる
 君が側にいてくれたら……

すれ違い、絡み合いしながら、ようやく通じ合った二人の思い。しかし、その矢先、突然コーダユーにエカテリーナの帰国許可が下りる。コーダユーは、ソフィアを深く愛しながらも、イルクーツクで待っている仲間のために、日本へ帰国する決意をするのだった。
喜びにひたる間もなく、悲しみのどん底に突き落とされてしまうソフィア。

 「私はあなたの愛には値しない
 みなさんが与えてくれた優しさにも値しない……愚かな男です
 どうか 帰るなと言わないでください
 私のために 泣かないでください」

 この人には 私の想像できない日本での年月がある
 ずっと前から わかっていたような気がする

 この男は 日本を忘れないだろう

 あなたを無理やり引き止めても
 一生 私の側で苦しむの……

コーダユーとの別れが迫る中、思い悩んだソフィアがとった行動は……。

ほとんどあらすじの紹介だけになってしまった……。すみません。
でも、これを書いているだけでもう、私の涙腺はこわれそうなのだ。これ以上、何をかいわんや。
愛について物思いたいとき、ちょっぴり毎日に疲れたとき、温かい涙を流したいとき、ぜひ、読んでいただきたい作品である。

2006/6/2

●森川久美さんのオフィシャルサイト
ドルチェでいこう」もぜひ、どうぞ!

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