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蘇州夜曲〜南京路に花吹雪〜上海1945 戦う男たちの軌跡 |
●語り部は「渋い男」が好き…かも? 突然ですが、問題です。 若くてミステリアスな男と、渋くて誠実な男、どちらがお好きですか? ちなみに私は「渋い」ほう……ね(笑)。 何を隠そう、森川久美さんのマンガに登場する本郷義明さんが、渋い「そのひと」であります。 森川久美さん。私が一番好きな漫画家さんです。 大好きな作品はそれこそいっぱいあるんですが、やはり何といっても「蘇州夜曲」〜「南京路に花吹雪」〜「上海1945」と続く上海シリーズですね。 こんなすばらしい作品に出会えた幸せ!ほんとにもう、言葉では言い尽くせません。 主人公が男性である、といってJ〇NEものでは決してない、恋愛はあるにはあるがそれがテーマではない、といった点から見ても、従来の少女マンガという範疇には収まりきらない作品でしょう。 なにせ舞台が、昭和初期の中国で「魔都」と呼ばれた上海。ドロ沼の日中戦争へとひた走る暗〜い時代です。 主人公は、時の政府高官を批判して上海に飛ばされた熱血新聞記者本郷義明と、日本人と中国人の混血という重い現実を背負って生きる謎の美少年黄子満(ワン・ツーマン)の二人。ちなみに、前述の「若くてミステリアスな男」というのが、この黄のことだったりします。(^^) 自分に正直に生きようとすればするほど、自分の信じるものを見つめれば見つめるほど、正義とか平和とかいった観念は混沌の中へ沈んでいき……。 相手の立場や思いがわかっているからこそ、お互いに好きだからこそ、別々の道を歩まなければならない二人。歴史の大きな潮流の中で、どうすることもできず、抗いながらも流されていくしかない人間の悲しみに涙いたしました。 本郷さんのことを「渋い」なんて書きましたが、実はすごい熱血漢なのです。 「蘇州夜曲」の中の本郷さんのセリフを見ていただけば、彼がいかにまっすぐで熱い心の持ち主か、わかっていただけるのではないかしら。 「……好きじゃないんだよ このままにしとくことが 好きでもないことを 上手くやれる奴もいるが 俺はやれない だって……好きじゃないんだからな」 とまあ、すべてがこの調子で、気が付けばいつも貧乏くじを引いている、という……。 こういう人っていますよね。目をつむって見過ごせばいいのに、それができなくて、自分から窮地に飛び込んでいってしまう。そこが本郷さんの良さなのですけれど。 ●これは少年マンガに違いない! シリーズ第1作の「蘇州夜曲」は、森川さんお得意の、ちょっと大人っぽい味付けのラブサスペンスといった趣です。 挫折感を抱いて上海に渡った本郷が、謎の美少年黄子満(ワン)や憂いを秘めた酒場の歌姫白系ロシア人の上海リリィ(実は盗賊の首領チャイナクイーン!)と出会い、やがて大きな陰謀に巻き込まれて……という展開。その中で徐々に、黄やリリィの過去と、悲しい宿命が明らかになっていきます。 風呂敷を広げすぎたわりには、最後のクライマックスの活劇は何となく物足りない気もしますが、最初に読んだときは「これは絶対少年マンガだ!」と思ってしまいました。 テーマやプロットは限りなく少年マンガなのに、絵と語り口はまぎれもなく少女マンガそのもの。なんともいえず不思議な雰囲気を持った作品だといえるでしょう。 コミックスで1冊、それほど長くないし、肩も凝らないので、森川ワールドの入門編としてはオススメの1本です。 ただし、これを読むと、どうしても次の「南京路に花吹雪」を読まなければなりません。というか、読まずにはいられませんので、ご注意! ●リアリティを持った「社会派」少女マンガ さて、シリーズ第2作の「南京路に花吹雪」。 これこそ文字どおり、森川さんの代表作といっていいのではないでしょうか。 本郷さんに、黄に、また会える――それだけでも感激だったけど、ストーリーはますます深くシリアスにスケールアップ! もう、前作のようなおしゃれな雰囲気も、ほっとするような息抜きの場面もありません。ひたすら時代の波に、一人の力ではどうすることもできないという残酷な現実に、追い詰められていく主人公たち。 やがて本郷と黄の立場も微妙に食い違っていきます。 二人がそれぞれに、遠くから相手のことを見つめている、というシーンがたびたび出てきます。モノローグでなら自分の気持ちを素直に出せるのに、言葉にして相手に伝えることができない。こんなに心はいっぱいなのに……。 お互いに分かり合っていながら、なぜ、それだけじゃダメなの?一緒に歩いていけないの? 読んでいるこちらの胸が苦しくなるほど、とても悲しいシーンでした。 主役の二人以外にも、登場するキャラがみんなとても丁寧に生き生きと描かれていて、彼ら一人ひとりの孤独、焦燥、やるせなさといったものに、思い切り感情移入しまくりでした。 さて、この作品で、本郷と黄の二人の物語は一応の完結を迎えます。 シリーズ最後の「上海1945」には、残念ながら黄は登場しません。 時代はさらに下って、日中戦争もいよいよ最終局面に突入していきます。 ●本郷さんの恋の結末は……? いよいよシリーズ第3作の「上海1945」。雑誌に掲載されたのは、前作から少し間があったように記憶しています。(絵柄がちょっと変わってきてる?) ここで語られるのは、黄が消えた後もひとり上海に残り、いよいよ日本の敗色が深まる中、孤独な戦いを続ける本郷さんの物語。そして、本郷と中国人女性蔡文姫(ツァー・ウェンチー)の恋の行方です。 コミックスのカバーには「ヒューマン・ラブストーリー」の文字が。そうか、これってラブ・ストーリーだったのか(笑)。 たしかに前2作とちがい、本郷さんと蔡文姫の二人の思いが、テーマの重要な部分を占めていますね。 「君が行くと言った時 俺にいったい何ができた……!? それからの年月を 俺は幸せに暮らそうとは思っていなかった―― 蔡文姫…… あの時手を伸ばしていたら 君は今 俺のそばにいてくれたのか……?」 ひょ〜。女性に対してこんなシリアスな本郷さん、初めてだわ(笑)。 お互いに相手を大切に思いながら、相手の立場を思いやるゆえに、自分の心に素直になれない二人。これって、相手が蔡に代わっているだけで、黄の時とまったく同じパターンじゃないですか。 それにしても、やっぱり貧乏くじを引いてしまい、しかもまたまた陰謀に巻き込まれる本郷さん。つくづく、ついてない人です。それもまあ、まっすぐで自分に嘘のつけない性格ゆえの世渡りの悪さでしょうか。 そんな本郷さんの「不器用さ」がとても好きなのですけれど。 ●黄もフツーの男の子だったんだ…… (^_^;) おまけとして(笑)、番外編「花は辺りに雨と降り」について少々。 黄の切ない恋を描いた短編です。 私の友人は、この作品を読んで「何かすっごい救われた気がしてうれしかった」と言っておりました。 確かに黄って、悲しいくらいに不幸です。本郷さんとひととき心を通わせたことはあっても、やがてその絆さえ自ら断ち切って、孤独の中に身を投げていく。作品中では、はっきりと彼の死は語られませんが、「どこかで生きていてほしい。幸せになってほしい」というのは、儚い願望でしかないのでしょうか(涙)。 ほんとに何もいいことなくて、ただ孤独なだけの短い人生だったのか、と思うとやりきれない。だからこそ、そんな彼にも人並みに恋の想い出があったんだと知って、それだけで黄の人生が救われるような気がして、ほっとするのかもしれませんね。 もちろん、その恋が成就するはずもなく、黄は再び、ひとり戦いの場へと戻っていくのですが……。 でも、それでも。 ほんのひととき、黄の心が満たされた瞬間があったということに、素直に感謝したいと思うのです。 以上、森川久美さんの上海シリーズ。 分量的にはそれほど多くない(コミックス全部で7巻)ものの、内容の深さ、テーマの重さ、読み終わった後にズシリとくる、非常に重厚な作品です。 登場人物の一人ひとりに、ほんの脇役的な人物にいたるまで、しっかりとした存在感があって、気持ちよく感情移入できる傑作でした。 ええ、そりゃもう、何回も読み返しては、そのたびに何度も泣きましたとも。 黄も、本郷さんも、そして上海という町そのものが、今も私の心の中にしっかりと息づいています。 |
2005/6/1 |
●森川久美さんのオフィシャルサイト 「ドルチェでいこう」もぜひ、どうぞ! |