いにしえ夢語り浅葱色の庭言の葉しずく



初 雪




「ああ、さぶ……」
隣を歩いていた総司が、ふいにくしゃみをする。
俺は立ち止まって、奴の顔をのぞきこむ。
「おい、大丈夫か?」
「やだなあ、土方さん。大丈夫ですよ」
総司は屈託なく笑うが、今の俺にはそんな小さなことでさえ、気になってしかたがない。


京の冬。
朝の冷え込みはことに厳しい。
「もっと着込まねえと、ほんとに風邪をひいちまうぞ」
「心配性だよね、土方さんは。そういうことは源さんに言ってやってくださいよ。俺、子どもの頃から体だけは丈夫なんだから」
白い息を吐きながら、総司は、試衛館時代の口調でからからと笑った。

馬鹿野郎――。
誰もがガキの頃みたいに元気なままなら、こんなに心配しやしねえよ。


俺や近藤さんによけいな気遣いをさせるまいと、わざと明るくふるまうお前が哀しくて、俺はそっと視線を移す。
灰色の空から、ちらちらと白い欠片が舞い落ちてくる。
「あ、雪だ! 見て見て、土方さん、雪ですよ!」
今年初めて見る雪に、総司は子どものようにはしゃいだ声をあげた。
「ああ……」
京に来て、二度目の冬だ。
去年の今頃、お前はまだ本当に元気で。細っこいその体に、病魔の翳りさえ落ちてはいなかった。
雪の積もった寒い朝でも、今日と同じように、舞い落ちる雪を追いかけては走り、子どもたちと遊びまわっていた。
そんな何気ない日々が、いつまでも続くと思っていたのに。
(なんでお前なんだ!)
突然、俺の胸底に、怒りとも哀しみともつかない激情が湧き上がる。
(ほかの誰でもなく、なんでお前なんだよ――)

どうして、総司なんだ?
どうして、お前が、労咳なんて病に冒されなくちゃならねえんだ?
どうして――。


どれくらいの間、ぼんやりとその場に立ち尽くしていたのだろう。
気がつくと、俺の目の前に、満面の笑顔が咲いている。
「土方さん、どうしました?」
「………」
「早く用事を済ませて帰りましょう。今日は、八木さんちのおかみさんに、甘酒をご馳走してもらう約束になってるんですよ」
どこまでも明るい笑顔がまぶしくて、俺は思わず視線を泳がせる。
そんな俺にかまわず、そのままくるりと体の向きを変えると、総司はさっさと歩き出した。


上背のある、ちょっと肩のはった後姿。
いやというほど見慣れてきたその後姿が、今日はやけに鮮やかに目にしみる。
俺は、あわてて総司の後を追いながら、小さなため息をひとつ、した。
ため息は、いつか灰色の空に吸い込まれ――。
白い欠片は、音もなく俺たちの上に舞い落ち続ける。




2008/12/20