あなたへ |
<総司から歳三へ> 届かない どんなにこの手を伸ばしても あなたの心はつかまらない あなたは 鳥のように自由に 梅雨晴れの空を翔けてゆくから 追いつけないよ―― だから 私は ただじっと息をつめて あなたを見つめている 私の知らぬ間に あなたが空の蒼に染まってしまわぬように 私の前から消えてしまわぬように せめてその姿を胸に焼き付けようと 黙って見つめるだけ どこまでも 追い続けるだけ <お琴から歳三へ> 届かない どんなに大きな声で叫んでも あなたにはきっと わたしの声は響かない あなたの熱い心は いつも他のことでいっぱいだから そこには わたしの占める場所なんてないのね 許婚(いいなずけ)って何? そんな枷で繋いだところで あなたを引き留めることなんてできやしない 誰もあなたを縛れないわ―― だから わたしは ただひっそりと あなたを待っている あなたと過ごしたこの場所で いつか夢から醒めたあなたが 懐かしい故郷に帰ってくるその日を わたしの胸に疲れた魂を埋めるそのときを お帰りなさい あなた、と 笑顔で迎えられる日を信じて |
◆◇「あなたへ」によせて◇◆ |
土方歳三には許婚(いいなずけ)がいました。戸塚村の三味線屋の一人娘で、長唄のうまいお琴という娘です。 歳三の長兄為次郎がお琴を気に入り、歳三との縁談をすすめましたが、歳三は「この天下多事の折、いずれ何か一事業をとげて名をあげたい。なおしばらくは、私を自由の身にしておいていただきたい」と言って断ったため、お琴は許嫁として歳三を待ち続けたといわれています。 実在した歳三に最も近い女性でありながら、なぜかお琴さんは、あまり小説やドラマに登場しないんですね。 歳三がお琴さんのことをどう思っていたのか、今となっては知る由もありませんが、結局かれは独身のまま生涯を終えるわけですし、はっきり婚約を解消したという事実もありませんから、それなりに大切に思っていたのかなあという気はします。 お琴さんはお琴さんで、きっといつまでも歳三のことを待ち続けていたんだろうなあ、と。 そんなお琴さんとまだ若い頃の沖田総司が、土方歳三という男を接点にして、ひととき心をふれあわせる……みたいな話を書いてみたいなあと考えています。 ◆ようやくできあがったSSはこちら→「翠雨の頃」 |
BGM きっとどこかで/From「遠来未来」