いにしえ夢語り浅葱色の庭言の葉しずく


今日という日を




「土方さん、今日は何の日だか知ってます?」
壬生屯所の土方歳三の部屋に、にこにこしながら入ってきたのは沖田総司だ。両手に大きな紙包みを持っている。
藪から棒になんだ、と土方は顔を上げた。
「今日? 端午の節句だろ?」
「ふうん……。ご存じなんですね」
文久三年五月五日。彼らが京に上って、初めて迎える端午の節句だった。
新選組が屯所を構える八木家の庭には、鯉のぼりが翩翻とひるがえっている。
すでに季節は夏である。
「何が言いたい?」
土方がにらむと、沖田は首をすくめた。
「別に」
この若者は、暇ができるとこうして土方をからかいにくるのだ。一日中、苦虫を噛み潰したような顔でにらみをきかせている土方を、見ているだけで楽しくてたまらないらしい。
土方の横に座った沖田は、持っていた紙包みを開いた。
「八木さんの奥さんに柏餅もらったんだ。土方さんもひとつどうですか」
「いらん」
「すごくおいしいですよ。土方さん、見かけによらず甘いもの好きでしょう?」
沖田がくつくつと喉をならす。獲物にじゃれる猫のようにうれしそうだ。
「いらんといったら、いらん」
土方の顔がますます渋くなる。それを見て、沖田はますますうれしそうな笑顔をみせた。
「じゃあ、こっちはどうです?」
「今度はちまきか」
土方は、やれやれと大きなため息をついた。
「ただのちまきじゃないんですよ。京でも有名な店のちまきだそうです」
「総司」
「はい?」
「何でそんなに俺に菓子を食わせたがるんだ?」
いつからこいつは菓子屋の回し者になりやがったんだ、と苦々しい思いで沖田をにらんでみたが、相変わらず何食わぬ顔で笑っている。
その顔で言った。
「だって、今日は土方さんのお誕生日じゃないですか」
「は? 誰の誕生日だって?」
土方は、一瞬、ぽかんと口を開けた。

――そんなもの、忘れてた。

坪庭に植えられた南天の葉が、さやさやと五月の風にそよぐ。
エゲレスではね、と沖田はうれしそうに言葉を続けた。
「誕生日には『ばあすでいけえき』とかいうお菓子を食べて、みんなでお祝いするんだそうですよ。残念ながら、ばあすでいけえきは用意できなかったんで、せめて柏餅でもどうかなって」
「馬鹿馬鹿しい。そんな与太話、誰に吹き込まれたんだ?」
「いやだなあ、土方さん。人の好意は黙って受けるもんですよ。せっかくお祝いしてあげようと思ったのに」
口をとがらせて、沖田が出ていった後には、紙に包まれた柏餅とちまきが残されていた。
「ふん。総司のやつ、余計なお世話だ」
口ではぶつぶつ言いながら、柏餅をひとつほおばってみる。
沖田の言うとおり、甘いものは嫌いではない。ただ、副長としての体面もあって、京に来てからは求めて食べようとはしなかった。
(……うめえ)
甘すぎず、しつこすぎず。しっかりしているのか、ぼんやりしているのか分からない。
沖田のような味だ、と土方は思った。

◇◆◇

明治二年五月五日。
その年の端午の節句を、土方は箱館で迎えた。
誕生日などというものにとりたてて感慨もなかったが、あれ以来、なぜかその日になると、沖田総司の笑顔と柏餅の味が思い出される。
(妙なものだ)
五稜郭の自室で書類に目を通していたとき。久しぶりに甘いものが恋しくなって、土方はひとり苦笑した。

「土方先生」
「島田くんか。入りたまえ」
ドアを開けて入ってきたのは、京都以来の新選組幹部 島田魁だった。
「どうしたんだ、それは?」
土方が驚いたのも無理はない。島田は大きな盆に山盛りの柏餅を載せて持っていたのだ。
「はあ。実は、鴻池の支配人に言付かりまして」
「鴻池の?」
「直接会ってお渡しになられたら、とお勧めしたのですが、店の方が忙しいらしくすぐにお帰りになりました。一緒に土方先生へのお手紙を預かっています」
鴻池屋は、京都時代から新選組とは昵懇である。箱館支店の支配人を務める友次郎とは、土方が江戸に戻ったときから面識があり、箱館に来てからも何くれとなく便宜を図ってくれていた。
その手紙には。
「江戸で沖田先生をお見舞いしたとき、土方様の誕生日が端午の節句の日であるとうかがいました。その日には、土方様に好物の柏餅を差し上げてくれるように、と沖田先生から申し付かっておりました。今、箱館には官軍の手が迫り、なかなか調達することが難しかったのですが、ようやくご用意できましたのでお届けさせていただきます。どうぞ皆様でお召し上がりくださいますように」

――総司か。

(あの野郎。自分が死んだ後まで、おせっかいを焼いていきやがった)
土方は、声をたてて笑った。
島田があっけにとられて見つめている。
「島田くん。これをみんなに分けてやってくれ。俺も食う」
「はあ……」
柏の葉ごと食べた。
甘くて、少ししょっぱい。
「うまい」
やはり、沖田のような味だ、と土方は思った。



2011/5/5