今月のお気に入り

  クレヨンしんちゃん あっぱれ!戦国大合戦





「クレヨンしんちゃん」って、世のお母さま方にはあまり評判のよくないマンガですよね。私は大好きだけどなあ……。
ばか笑いするとストレス発散になるし、父野原ひろしと母みさえのキャラクターが等身大で、とてつもなくおかしくて、ちょっぴり悲しい。……我が家に重なる部分もあったりするし(爆)。
しんちゃんも、いつもはとんでもないヤツなんだけど、時々妙にいい子だったり、すごいヤツだったりします。
ドラえもんののび太と比べてみてください! なにか困ったことがあると、すぐに「ドラえもん〜〜」と泣きつくしか能のないのび太なんかより、いかにしんちゃんがしっかりしたがんばり屋さんであることか。
かれは、とにかく自分の力で解決しようとするんですよね。母親に叱られそうな失敗を隠そうとしたり、ごまかそうとしたり……。
悲しいかな、そこは5歳児の知恵。たいていはもっと事態が悪くなり、あえなくバレて大目玉! となるのですが、とにかく自分で考えて、行動するところがえらい!(これこそ、今、学校教育ではやりの「生きる力」ってやつです……笑)
私だったら、自分の子には、絶対のび太よりしんちゃんのような子どもに育ってほしいと思うんだけどなあ。

で、この映画です!
我が家的には、おそらく2002年の映画の中でベスト1といってもいいでしょう。
これまでもしんちゃんの映画は、どれもこれもとてもよかったんだけど、この作品は、子どもたちよりもむしろ保護者のみなさんにこそ見ていただき、子どもと一緒に熱い涙を流していただきたい作品です。
実は、このサイトを立ち上げた当初、繚乱エッセーのアニメ第1弾として、この作品を取り上げたのです。でもそのときは、ごく簡単にしか書けなかったので、もっともっと熱く、詳しく語りたいという思いが抑えきれず……。時が経つにつれ、ますます自分の中で大きくなっていくのを感じ、どうしても「今月のお気に入り」で取り上げずにはいられなくて、今回とうとう、以前にアップしていたものを手直しすることにしました。
「手抜き」ともいいますが(爆)、まあ、そこは大目にみてやってください。


●あらすじ
ある夜、野原家の全員が同じ夢(時代劇に出てくるような格好をした綺麗な「おねいさん」の夢)を見る。一家は不思議に思うが、すぐに忘れてしまう。
しんのすけが幼稚園から帰ると、シロが庭を掘り返していた。穴から出てきた文箱の中には、「天正2年にいる」と読める汚い字とぶりぶりざえもんの絵が描かれた手紙が。自分が埋めた覚えはないのに……と訝しがるしんのすけだが、「おひめさまはちょーびじん」という一文を見て今朝方の夢を思い出し、「おねいさん」に思いを馳せながら目をつむる。
そして目を開けたとき、しんのすけは夢で見た泉の畔に立っていた。わけが分からないまま歩いていくと、目の前は時代劇のロケ場面のような合戦場だった。しんのすけはそこで、偶然ある侍の命を助ける。井尻又兵衛(いじりまたべえ)というその侍は、しんのすけを根城である春日城に案内した。そこには、しんのすけが夢で見た「おねいさん」こと 廉姫(れんひめ)がいた。
幼なじみである又兵衛と廉姫は、お互いに好意を抱いていた。それを察したしんのすけは2人の仲を取り持とうとするのだが、又兵衛は身分違いであるとして固辞する。
一方、ひろしとみさえは、行方不明になったしんのすけの安否を気遣っていた。しんのすけが残した手紙が気になったひろしが、図書館で史料を調べると、「天正2年に戦で野原信之介とその一族が奮戦した」との記録が。
ひろしはしんのすけが戦国時代にタイムスリップしたと確信し、しんのすけを連れ戻すためにみさえたちと共に車に乗り込む。だが、肝心の過去に行く方法が分からない。しかたなく、しんのすけが消えた穴の上に車を移動する……。
その頃しんのすけは、廉姫に最初に来た場所に手紙を埋めてはどうかと提案され、泉の前に文箱を埋めていた。すると突然、ひろしたちを乗せた車が現れ、しんのすけは家族との再会を果たす。急いで現代へ戻ろうとするひろしたちだが、戻ることができない。仕方なく一家は、しばらく春日城に滞在することになる。
実は、廉姫は隣国の大大名・大蔵井高虎(おおくらいたかとら)から婚姻を迫られていた。しかし、ひろしから未来にはどの大国もみな滅び去ってしまうことを聞いた春日城の城主(廉姫の父)春日康綱(かすがやすつな)は、政略結婚によって一時の安寧を得ても無意味と悟り、高虎との婚姻を破棄することを決断する。
それを理由に、大蔵井は2万の大軍で春日城に攻め込んできた。又兵衛らはこれを迎え撃つため城の守りを固める。決戦が迫る中、ひろしは恐れていた。このままでは史実どおり、自分達も戦う事になってしまう……と。
果たして又兵衛と廉姫の運命は? そして野原一家は、無事現代に帰ってくることができるのだろうか?



例によって(なんで?という疑問はなしね)野原一家が戦国時代にタイムスリップし、大名同士の争いに巻き込まれ……っていう荒唐無稽なお話が展開していくのだが、今回驚いたのは、その歴史考証の緻密さ。
戦闘場面や風俗生活習慣、当時の人の考え方まで、トレンディードラマに成り果ててしまっている近頃の大河ドラマに見せてやりたい! っていうくらいしっかりしている。
なんというか、ファーストシーンから雰囲気が違うのだ。(え?ほんとにクレしん? 劇場間違えたんじゃないの?)って真剣に思ったほど。
まあ、もちろんクレしんらしく、いろいろ笑える場面も楽しいシーンもあったが、この映画の底に流れていたのは、いつものおバカなクレしんじゃない、人間ドラマとしてのリアリズムだったと思う。
本作の主人公は、みなさんがおっしゃっているとおり、又兵衛と廉姫だろう。この二人の前では、しんちゃんでさえ、もはや脇役になってしまっている。
原恵一監督は、クレしんというフィルターを通して、まったく別の作品を作り出してしまったといえるのではないだろうか(いやもしかすると、これこそ、監督が初めから意図していたものなのかもしれない)。

確かに、厳密にいえばこれは「クレしん」じゃないかもしれない。いつもの「クレしん」を期待して見た人は、この作品のあまりの質の高さ(言い換えれば、クレしんとしてのテンションの低さ、ということだ)に、裏切られた気がするかもしれない。
だけど!
それでも!
全編に流れる、身震いするようなこの緊張感はなに? ストーリーを貫くリリカルな美しさは?
又兵衛も廉姫も、お互いに相手のことを思いながら、身分の違いや時代の過酷さや、そんな諸々をもきちんと受け止めている戦国時代の日本人である。
だから、心はあふれるくらいいっぱいでも、言葉には出せない。行動には移せない。
しんちゃんには、そんな二人がじれったくてしかたがないのだが、やがて彼にもわかるのだ。世の中にはお互いの気持ちだけではどうにもならない、そんな理不尽さがあるということが。そして、それを運命として受け入れる生き方も、また立派なのだということが。
だからこそ、又兵衛との男の約束を、しんちゃんは守り通すのである。

そして最後は、おそらく初めてしんちゃんが経験する、人の「死」。
戦に勝って凱旋する又兵衛の胸を、一発の銃弾が貫く。しんのすけの目の前で息絶える又兵衛。
身近な、大好きな人が死んでしまうということ。その喪失感、痛みから、でも、かれは雄々しく立ち上がるのだ。大切な大切なメッセージを、しっかりと受け止めて……。5歳にして、かれは幼稚園児からりっぱな一人の男になったのである。
えらいぞ、しんちゃん!
こんな重い映画をさらっと作ってしまえる「クレしん」、おそるべしっ!である。
実は又兵衛は、しんのすけがタイムスリップしたあの日、本当は撃たれて死ぬはずだったのではないか。その運命のひずみが、この時点で修正されたのだろう。又兵衛を想う廉姫の願いが、時を越えてしんのすけを呼び寄せ、又兵衛の命をわずかながら延ばして、歴史を変えさせたのかもしれない。
そして、役目を終えたしんのすけたちは、無事、現代に帰ってくることができたのだった。

本当に、近年まれに見る大傑作である。
映画館で、傍目も気にせず(というか、まわりみんな泣いてたし)こんなに気持ちよく泣けた映画って何年ぶりだろう? まさかクレしんでこれほど泣けるとは思わなかったよ。
後半、もうず〜っと涙腺が緩みっぱなし。
特に、又兵衛を気遣う廉姫の必死の思いには、今思い出しても胸が熱くなる……。夜襲に出た又兵衛を案じて、廉姫が裸足で部屋を飛び出し、必死で物見櫓に向かうところから、ずっと涙があふれて止まらなかった。
野原一家のふんばり、ひろしとみさえの子どものためなら命も投げ出せるぜ!っていう心意気、しんちゃんのまっすぐなかっこよさ、そして衝撃のラスト。
「これほど人を好きになることはもう二度とないと思う」と死んでしまった又兵衛への思慕を告白する廉姫に、又兵衛の本当の気持ちを伝えようとして、けれどやっぱり思いとどまったしんちゃんが「金打(きんちょう)」とつぶやく場面、とってもとっても美しかった。
最後の最後、れんちゃんの「おい、青空侍」の一言に、もう完全にノックアウトされてしまった〜〜。おっ、そうきたか!っていう感じの、気持ちいい不意打ちなのである。

2007/4/2


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