いにしえ夢語り蜀錦の庭三国志を詠う


  黎 明

       (詠み人 翠蓮さん/BGMも)



夜明けが
近いのだろうか


天上の星たちも
ずいぶんと傾いてきた


けれど
この目はまだ
暁の気配を捉えられず


息だけが
凍りつきながら流れる


夜明け前は常に
夜よりも暗く
夜よりも寒い


やがて
仄白く明るむ空が
星の輝きを呑みこむのだろう


けれど


それは
導(しるべ)ではなかったか


闇の中に佇む者にとっての
確かなるともし火


萎えそうになる心を
かろうじて繋ぎとめる光


振り仰げば
遠く導くように
そこに在る


貴方と言う
比類なき御方が
天に召されて逝くのを
見送ったあの日から


私は
毎夜の如く
星を見上げてきた


戦場にある日も
都にいる日も


迷う時
憂う時
憤る時
打ちひしがれる時


そして
決意を抱く時


私は星に語りかけ
星に支えられ
星に涙する


その煌く天蓋の向こうに
貴方の魂が
たゆたっていることを


信じずには
いられなかった


どれほどの
月日が重ねられようとも


記憶は
くり返しくり返し
巻き戻され


貴方を失うと言う
途方もない哀しみと恐れが
褪せることはなかったから


私は
夜明けに
脅えていたのかもしれない


薄青い空に
星は掻き消え


導(しるべ)を見失った私は
自分自身の判断で
歩かなくてはならなくなる


夜明けを迎えるたびに
どこか違う道へと
踏み惑ってしまうのではないか


そんな幻影が
何度となく
私の足をすくませた


貴方の遺した夢を
受け継ぐことが
誇りであればあるほど


一人で戦うことを
貫けば貫くほど


私は
道を誤ることを怖れた


私の力など
到底貴方に及ばない


どれほど
がむしゃらになっても
この身を捨てて闘っても


報われることなど
ないかもしれない


それでも
投げ出したくはなかった


絶望に鞭打ってでも
奔り続けることだけが
貴方との絆であり
わたしの生きるすべなのだから


志しだけは
汚したくない
沈めたくない


だから私は
星をみつめ続けた


何年も何年も
心に刻んだ
貴方と言う光を目指して来た


今更
生き様を変えることなど
できるはずもない


ああ
星が薄れて行く


夜明けは
近いのだろうか


新しき朝が
巡ろうとしているのか


私はまた
一人で
歩き出さなくてはならない


肩の震えを
しっかりと押さえ


ぐっと
足元を踏みしめる


迷いも
恐れも
哀しみも


誰にも
微塵も見せぬよう


剛毅な武将の
面をかぶる


いつか
貴方との約束を
天に還す日が来るまで


どれほど苦しくとも
私は
立ち止まりはしないだろう


何度でも
夜明けの試練を
乗り越えてみせる


手渡された尊い夢を
掲げ続けてみせる


大いなる人よ


どうぞ
私の志しに
少しだけ


その御手を
添えて下さい


清らかなる
光のしるしを


暁の冷たい風の中にも
もたらして下さい


私が
揺らぐことなく


最期まで
凛と
この顔を上げていられるように





*******    


※ 黎明(れいめい) ・・・ 夜明けの意。





◆◇「黎明」によせて◇◆

三国志好き仲間の翠蓮さんのサイトでキリバンを踏んだ記念に、大好きな姜維の詩を詠んでいただきました。リクエストは確か「諸葛亮が死んだ後の、姜維の孤独な戦いとその心情を」みたいな感じでお願いしたように記憶しています。
もうすぐ姜維の命日、という絶妙のタイミングで、こんなにもすばらしい詩をいただき、心の底から感激しました。さっそく「姜維鎮魂祭」にアップさせていただきました。
翠蓮さんとは、ネットを始めてすぐに姜維が縁で知り合い、その後もずっと、三国志を始めいろいろな面で創作への刺激をいただいてきました。本当に感謝しています。

「黎明」とは、夜明けのこと。
人は皆、夜明けを待ち望むもの。暗い闇の底に差し初める朝日の輝きは、希望の光にも見えるからでしょう。
けれど、姜維は夜明けを怖いと思う。曙光によって、空にまたたく星の姿が薄れることを恐れる。なぜなら、天上に輝く星こそ、今は亡き尊き人(諸葛亮)の魂魄であり、かれを導いてくれるただひとつの標だから。
かの人を失ってから、新しい朝を迎えるたびに、一人で歩き出さなければならない重圧に怯え、進むべき道を誤ることを恐れ……。それでもなお、眉を上げ、唇をかみしめて、その試練を乗り越えようとする姜維。
何と孤独で悲愴な姿でしょうか。
その背中に駆け寄って、そっと包み込んであげたいと……孔明さまにはなれないけれど、ほんの少しでもあなたの孤独な魂を癒してあげられるものならと……。


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