今月のお気に入り


今市子「大人の問題」



最近、あまり真剣にマンガを読まなくなった。特にこれといった理由があるわけではないのだが、年とともに老眼がひどくなって、単行本サイズだと読むのがつらくなったというのが原因のひとつかもしれない。
ちまちまと細かい字で書き込みがしてある少女マンガというのが特に曲者で、そのせいか、少女マンガの世界からは久しく遠ざかってしまっている。
コミックスが発売されたら買う、というのも諏訪緑さんの「諸葛孔明 時の地平線」くらい。少し前までは、まだ何となく気になるマンガ家さんというのが何人かいて、本屋で見かけるたびに買ったりしていたのだが、近頃はそれもあまりないなあ。

ともあれ、そんな気になるマンガ家さんの一人が、今回取り上げた「大人の問題」の作者 今市子さんである。
初めてこの人の作品を読んだのは、「百鬼夜行抄」のコミックス第1巻だった。
なぜ手に取ったのかわからない。その時はまだ、作品についても作者についてもまったく知らなかったはずなのに。ただ、やわらかいタッチの表紙絵とタイトルに惹かれるまま、買ってしまっていた。
読んでみると、何ともいえず不思議な味わいの世界がそこに広がっていた。
現実と彼岸とが渾然一体となり、自分のすぐ側に、まったく別の世界への扉が口を開いているような……。異次元の住人たちは、隙あらばと私たちを次元の穴に引きずり込む機会を窺っている。そんな恐ろしくも美しい耽美の世界だ。
そんなわけで、私はずっと今さんを「怪奇幻想系の漫画家さん」だと思っていた。
けれど、彼女には、もうひとつの顔があったのだ。そう、BL(ボーイズラブ)系の作家さんだったのである。
私は基本的にそっちの方の趣味はあまりないので(などと言いながら、自サイトに堂々と女性向小説なんぞ載せているが……笑)、本当にまったく知らなかったのだ。
いや〜〜、びっくりびっくり(笑)。
とはいえ、手にしたのがこの「大人の問題」だったのだから、これはやはり運命的なものを感じずにはいられない。だって、もっとハードな内容だったら、きっと読まなかっただろうし、今さんへの気持ちも、もっと違ったものになっていただろう。
「大人の問題」――これは、久々に出会った大ヒット、そしてものすごい大傑作だと思う。

主人公の原嶋直人(ボク)は、ごく普通の大学生。両親はボクが5歳の時に離婚したが、その原因はパパがゲイだったからだ(!)。
そして今度は、パパが再婚(ゲイ婚)することになり、その相手をボクとママに紹介したいと言い出した。
パパの再婚相手は、「海老悟郎(エビゴロー)」という名前の、ものすごくハンサムな(でもかなり性格に癖のある)若い男だった。
パパとエビゴローの奇妙な夫婦生活。さらにそこへ、悟郎の兄 海老一(はじめ)が関わり、ママと不倫関係になってしまったり……。こんな家族の秘密、とてもじゃないが、密かに好意を寄せている彼女、神田さんには知られるわけにはいかない。
関わりたくないと思いつつ、ボクはどんどん、このとんでもない連中の馬鹿騒ぎに巻き込まれていってしまう――。

ハチャメチャでおかしくて、ちょっと悲しい家族の形。「大人たちの勝手な問題」に振り回されるボクの日常を、今さんは温かい目線で綴っていく。
ゲイであるパパと、その奥さん(戸籍上は養子ということになっている)悟郎の、ラブラブなんだけどどことなく危なっかしい関係を、ノーマルであるボクの視点から描いている、というのが、私にも抵抗なく受け入れられた理由なのだろう。まあ、表現もソフトだしさ……(笑)。
ボクには、二人の気持ちを理解することはできないが、だからといって、けっして拒絶しているわけではない。
ママのパパに対する感情もけっこうフクザツである。それも、なんとなく分かる気はするが、それにしても悟郎の兄貴と不倫っていうのはなあ〜〜(爆)。
どっちもいい大人なんだし、その私生活にどうのこうの言う気はないけれど、でも大人たちのわがまま勝手につき合わされ、迷惑するのは、いつも子どもであるボクなんだから。
そんなかわいそうな主人公が、それでもいつしかこの奇妙な家族のあり方を受け入れ、分かり合っていく過程が、何気に温かくていいんだなあ。
こんな家族の形もアリ、だろうか。

とにかく話が面白くて、読みながら(たしか電車の中で)思わず爆笑してしまった。
これほどお腹の底から笑えるマンガもめずらしい。だいたい、私はどっちかというとシリアスな作品が好きなので、コメディというのは普段あまり読まないんだけどね。
描き方によっては深刻になってしまう話を、さらりと軽いノリでかわしていくというのは、今さんのセンスの良さだろう。
何しろ登場人物は、み〜んな一癖も二癖もある、はっきり言って奇人変人ばかり。
パパとエビゴローは言うに及ばず、ママだってとことん突っ走っちゃうし、海老家の面々もよくもまあこれだけ、とあきれるほど変なヤツ揃いなのだ。
現実にはありえない話だと思いながらも、その虚構の心地よさに身を委ねてしまいたくなるステキな作品である。


2006/3/1

●今市子さんのファンサイト「妖の景」

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