いにしえ夢語り千華繚乱の庭佐和山日和


七 草



年明けの賑々しさも一段落し、今日は七草粥の日。
佐和山の城では、島左近が縁側に立って、うっすらと雪化粧した庭を眺めていた。
「今朝はやけに冷え込むなあ」
そう言えば……と、左近は眉間にしわを寄せ、厳しい表情になった。
「殿は大丈夫だろうか」
左近の主、佐和山城主である石田三成は、昨夜から腹をこわして臥せっている。
もちろん左近は寝ずの番をするつもりだったのだが、三成が無理やり引き取らせたのだった。
「さて、ご機嫌伺いに出向くとしますか。おっと、その前に――」
左近は、下女たちが朝餉の支度をしている台所へと向かった。


一方。
(寒い……)
三成は、布団の中で震えていた。火桶に炭を入れ、布団を二枚重ねても、まだ寒い。
時折襲ってくる腹痛と下痢のため、昨夜はほとんど眠れなかった。ようやく痛みは治まったものの、体全体が自分のものではないように頼りない。
(左近はどうしているかな)
無理やり自室に下がらせたことを怒っているだろうか。
三成にしてみれば、腹痛に苦しむ自分の姿を左近に見られたくはなかったのだ。見栄っ張り、は生まれついての性分である。
そんなことを考えながら、ぼんやりと天井を見上げていたとき。
「殿、入りますよ」
当の左近の声がしたかと思うと、縁側の障子がからりと開いた。
「左近!」
三成は声を上げ、目を見開いた。
たった今、思い浮かべていた人物の顔をそこに認めて、思わず視線をそらす。胸の奥が、少しだけとくんと小さな音をたてた。


「お加減はいかがです?」
「うん。もうだいぶよくなった」
「そうですか。それじゃあ、これを召し上がってください」
「―――?」
左近が三成の枕元に差し出したのは、ほかほかと温かな湯気を立てている粥だった。
「今日は七草の日ですから。これなら腹にも優しいし、ぬくもりますよ」
「左近が作ったのか?」
「台所を借りて、ぱぱっとね」
「器用だな」
三成がにこりともせずに言うと、左近は粥を椀によそいながら、あははっ、と豪快に笑った。
「いやあ、粗野な暮らしが長かったものでね」
三成は、勧められるままに粥を口に運ぶ。一口食べるごとに、腹の中からぬくもりが染み渡っていくようだ。いつの間にか、寒さも忘れていた。
「うまい」
「お口に合いましたか」
深く大きく自分を包んでくれる左近の優しさが、体中に広がっていく。三成は、少年のような笑顔を見せた。
「左近の味がする」
「お、これはどうも」
最大級の褒め言葉に、左近は薄っすらと微笑した。


「雪景色は嫌いではないのだが――」
子どもの頃から冷えるとすぐに腹をこわしてしまうのだ、と三成は苦笑した。
「だが、そのときは、こんなにうまい粥を作ってくれる人が傍にいなかったのでな。辛いだけの思い出だ」
「これからは、殿が腹をこわされたら、左近がいつでも粥を作ってさしあげますよ」
「ああ。それなら……、腹をこわすのもいいかもしれぬな」
雪をまとった琵琶湖の風景を愛でながら、主従は温かな笑みを交わし合う。
「それでは殿、後で雪見酒としゃれ込みましょう」


佐和山の城には、何よりも強い主従の絆で結ばれた主と家臣がいるという。
風雅を愛する二人は、無類の酒好きでもあったそうな。
花の頃には花を愛で、月に酔い、雪に遊ぶ。
ほらね。
戦国は今日も、佐和山日和――。


2009/1/12