いにしえ夢語り浅葱色の庭讃・新選組


もういいかい?




もういいかい?

まあだだよ……。

もういいかい?


歳三さん
そんなにあわてなくてもいいよ
もう少し ゆっくりしておいでよ
私はいつもここにいますよ
ずっと待っててあげるから――


いつだって そう言って楽しげに笑う
きっとあの頃から
お前は 俺たちとは違う地平に立っていた
まして今のお前には
時間なんて関係ないんだな

病のつらさや 殺し合いの空しさや
俺たちへの気遣いや 心の痛みや……
そんな俗世の いっさいのしがらみから解き放たれて
お前を縛るものは 何もない

それならいっそ
もう少し 待っていてくれるか
俺が 俺自身の生きざまってやつに
けりをつけられるまで


いつの間にか
鬼がひとりになってしまいましたね
歳三さん 背中が寂しそう……

俺が追いかけてた奴らは
みんなどこへ行っちまったんだろうな
鬼がひとりきりじゃ 鬼ごっこはできねえ
お前も待ってるだけじゃ つまんねえだろ


もう少し……もう少しだ

箱館は 明日にも官軍の手に落ちるだろう
そうすれば 俺が戦う意味もなくなっちまう
血に染まった俺の人生に
ようやく幕が引けるんだ

すぐに行くから
お前の側へ
だから、総司――


もういいかい?

もういいよ……。


もう、いいんですよ
土方さん

今は ゆっくり休んでください
それからまた
鬼ごっこの続きをやりましょうね




◆◇「もういいかい?」によせて◇◆

新選組が壬生に屯所を構えていたころ、沖田総司は、よく近所の子どもたちと鬼ごっこやかくれんぼをして遊んでいたという。
鬼の副長 土方歳三が、まさか一緒に鬼ごっこをしていたわけはあるまいが、総司とのやりとりに「もういいかい?」「まあだだよ」というフレーズを使ってみたら面白いかもしれないと思い、こんな詩を詠んでみた。

司馬遼太郎氏の名著「燃えよ剣」の中に、箱館陥落が目前に迫ったある日、土方の夢に、近藤勇や沖田総司、井上源三郎ら新選組の仲間たちが現れる、という一節が描かれている。
あるいは、連日の戦による疲労と緊張が見せた白日夢だったのかもしれない。そんな夢ともうつつとも知れない、懐かしい人との魂のやりとり(テレパシー?)を、私なりに表現したくて……。
近藤と別れてからの土方の背中には、なぜか寂寥感が漂っている気がしてならない。どんなに華々しい活躍をしても、かれの目が見つめているのは、決して未来ではないからだ。
たった一人で孤独な戦いを続けていた土方にとって、箱館は最後の土地だった。蝦夷共和国の夢が消えたときから、いやもしかしたら、江戸を捨てて北へ向かったそのときから、すでにかれは「生きる」ことを考えていなかったのではあるまいか。
男児として、武士として、いかに「死ぬ」か――。
探し続けてきた答えが、明治2年5月11日の、土方の最期である。

地下の近藤や沖田に恥じることなく、土方は己の生きざまを全うした。自分自身の手で、引きちぎるように下ろした人生の幕は、見事としか言いようがない。
今ようやく、土方は穏やかな顔で、総司と鬼ごっこに興じているのだろう。



BGM 御伽草子/From「TAM Music Factory」