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われら九人の戦鬼
柴田錬三郎 著




多門夜八郎(たもん・やはちろう)――私の(たぶん)初恋のひと。

偶然の出会いは、小学5年生の時だったと記憶しています。
夏休みだったのでしょうか。泊りがけで遊びに行っていた祖母の家で、たまたま見つけた1冊の本。たぶん、ひとまわり年上のいとこ(男性)が読んでいたものでしょう。
ずいぶん分厚くて、しかも2段書きだし、難しい漢字がいっぱい並んでいる……。でも、それにも増して蠱惑的(爆)な香りが漂っていて、思わず手に取っていました。
そうして、おそるおそる開いた本の面白さ! 時間のたつのも忘れて読みふけり、気づいたときには、もうどっぷり(笑)。後生大事に、おばあちゃんちから譲り受けて帰ったのでした。

それが、私と「われら九人の戦鬼」(柴田錬三郎著)の主人公、多門夜八郎サマとの出会いです。
いわゆる(ジュニア向けじゃない)本格的な時代小説との最初の遭遇が、よりによって「シバレン」とは……! 何というシアワセでありましょうか。
時代小説とか、歴史文学とか、それまで出会ったことのない世界でしたし。(ドキドキ…)
そこに颯爽と現れた、強くてニヒルでかっこよくて、ちょっぴり「暗い眸」をした美青年剣士。
「ウッソ〜〜! 何これ? なんでこんなにステキなの〜〜?」と、もうパニック。
こうして、最初の登場シーンから、おませなロマンチスト少女はかれ、多門夜八郎の虜になってしまったのでした。思えば、これが私の初恋だったのかもしれません。

どうやら、私はそれ以前から、相当に変わった子どもであったらしい(笑)。
時代劇は結構好きで、小学2〜3年生の頃からNHKの大河ドラマ(初めて見たのは「太閤記」、尾上菊之助の「義経」も見てたよ)にはまってたし、かの「新選組血風録」もリアルタイムで見てたしね〜。
また、当時テレビ放映してた「お庭番」という時代劇がありまして(ひとつの話が何回かで完結するシリーズもの)、そこに抜け忍の役で出演していた、若き日の露口茂サマにひとめぼれ!
友だちに「好きな俳優さんは露口茂!」と言いまくっては、「誰やねん、それ?」と呆れられていました。
まあ、露口氏が「太陽にほえろ!」のヤマさん役で人気が出るのは、もうちょっと後のことでしたから、当時の小学生にとっては、ほとんど守備範囲の外の役者さんだったといえるでしょう。
それにしても、なぜ時代劇に出ている渋い俳優さんなんでしょうねえ。アイドル歌手とか、若手のテレビ俳優とか、いっぱいいたはずなんだけど……。いっちょまえに「明星」とか「平凡」とかも読んでたんだけどな〜(笑)。
思うに、その頃から隠し切れない「おやじ好き」だったのですね、私。

話がそれました(大汗)。肝心の「われら九人の戦鬼」について語らなければ。
舞台は室町時代後期、激動の戦国時代へと動いていく歴史の転換期です。幕府の支配力が弱まり、各地で豪族たちが力を伸ばし始め、天下は混迷の度を深めていました。
その混乱の地に颯爽と降り立つ、われらが多門夜八郎! たった一人で諸国を流浪する無名の浪人として登場しますが、実は時の将軍足利義晴の血をひく若君なのです。

そうそう、このパターン(尊い血筋の出でありながら、いろいろあってうらぶれた暮らしをしている……という。劉備玄徳なんてまさにこれ!)「貴種流離譚」というらしいですが、シバレンの好きなシチュエーションなんですね〜〜。
「われら九人の戦鬼」にはまった後、何冊か立て続けにシバレンの本を読んだのですが、お話のパターンがとてもよく似ているんです。
主人公の生い立ちや、性格や、外見や、登場人物の構成まで。(眠狂四郎だけはちょっと異質かも?)
いわく、出自は貴種でありながら、さまざまな事情で生い立ちに翳があり、その影響で性格もかなりひねくれてて、世の中を斜めに見ているようなところがある。そのくせ芯は熱くて結構純真だったりするのですが。
外見はめっちゃかっこよくて(しかも憂いを秘めている……ってところが女心をくすぐるのよね)、剣はものすごく強い。
当然まわりの女が放っておかなくて、すごくもてるんだけど、本人はいたって女には冷たい。
そこで必ず、報われない愛のために、ひたすら主人公を追っていく薄幸のヒロインというのが登場するわけです。これがまた、絶世の美女! っていうのもパターンだよなあ。(……ため息)

ストーリーをごく大まかに説明すると、多門夜八郎と八人の仲間(と呼べるほどの絆で結ばれているわけでもないのだけれど)が、旱魃と非情な領主に苦しめられている領民を救うために戦う、というもの。
しかし、肝心の「九人の戦鬼」の活躍は、物語のごく終盤にさらっと語られるのみで、主眼はあくまでも多門夜八郎個人の生きざまにあります。

戦いと虚無の中に身を置きながら、あてもなく流浪を続ける孤独な剣士。決して癒されることのない魂を抱いて……。
さらに、かれをめぐる、多彩で魅力的な登場人物たち。
無理やり操を奪われたにもかかわらず、夜八郎を生涯ただひとりの人と思い定めて、どこまでも後を慕ってゆく可憐な梨花姫。
その姫を守って、ひたすら忠節を尽くす純粋無垢な若者、柿丸
夜八郎の剣のライバル、九十九谷(つづらや)左近との、生死を懸けた戦い。
のちに仲間となる男たちとの出会いも、詳細につづられていきます。

息をもつかせぬストーリー展開の面白さもさることながら、この小説の魅力は、やはり何といっても、主人公多門夜八郎の人物造形によるところが大きいでしょう。
まあ、シバレンの小説の主人公というのは、みな大体「こんな感じ」であることが多いのですが……。
それにしても、強くて、かっこよくて、どこかに翳のある、クールな(というか、少〜しダークな)美青年というのは、いつの時代も乙女心を虜にするものなのですねえ(笑)。
私も、今ならもう少し冷静な目で見ることができたかもしれません。あの頃は、なんせもう、メロメロでしたから。
自分を梨花姫になぞらえるのは、いくらなんでも図々しくてできませんでしたが、姫が胸の病に冒され、夜八郎の腕の中で薄幸の生涯を閉じるところでは、我がことのように涙いたしましたわ。
その後、柿丸と二人きりで埋葬を済ませた夜八郎が、姫の墓標を振り返って「あれが、俺の妻だ」と呟くところで、またまた涙……。
さすが、シバレン! ツボを心得ていらっしゃる。

ともあれ、私にとって「われら九人の戦鬼」が、いつまでも特別な作品であることはまちがいありません。
多門夜八郎、ばんざ〜〜い!




ちなみに、テレビドラマにもなったそうです、「われら九人の戦鬼」
しかも、夜八郎サマの役は、な・なんと!栗塚旭氏だったとか……。ひえ〜〜。
私、これ見てないよ〜〜。残念?それとも……?


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