いにしえ夢語り蜀錦の庭三国志を詠う



魂  魄

  ―姜維に捧ぐ―

 (詠み人 翠蓮さん)



我が志を継ぎし者よ


わたしはおまえに
何を残せるだろう

数限りなく積み上げたる書物を?
知恵を尽くした戦略を?
民のためとなる政(まつりごと)の心得を?


すべてを自ずから伝えるには
わたしの時間は
なんと少ないことだろう


不思議な縁(えにし)によって
我が元へと降りたる若き武将

類まれなるその勇
ひらめきたる才知
そして熱き心情


たとえ縄を打たれ
膝を屈すると言えども
まなざしはまっすぐに我を見据え
決して卑怯には流れない


おまえの輝かしき誇りが
このこころを捕えたのだ


わたしはすでに
多くのものをなくしてきた


翔けても翔けても届かない
天の高みを目指すために
どれほどの貴い命が砕け散ったことだろう


それでもまだ
翔け続けなくてはならない


この翼とて
いつかは力尽きる


後に引き継ぐのは
甘い夢などではない
耐えがたく重いこの国の命運なのだ


それほどにも過酷な道を
おまえは歩いてくれるのだろうか


わたしは
まだ迷っている


最期の瞬間まで
そばで見ていてほしいと願いながらも


託せるのはおまえだけだと
信じながらも


この先どれほど苦しむのであろう
おまえの未来に対して
頭を下げずにはいられない


その瞳に暁の光を宿せし者よ


わたしのために
頷いてくれるのか


唇を引き結び
凛と紅潮する頬を上げ
それほどにも力強く頷いてくれるのか


おまえこそが
わたしの手に最後に残った希望だ


どうか
ひたむきなる熱情を胸に
どこまでも翔けぬけよ


たとえ
遥かなる星に姿を変えても
わたしはおまえを見守り続けるだろう


我が雄々しき後継者よ


その志の煌きが曇ることなきよう
魂の底から祈らん




◆◇「魂魄」によせて◇◆

「姜維に捧ぐ」というサブタイトルからも分かるとおり、諸葛孔明が自分の後継者である姜維伯約へ、熱い思い(志)を伝えている詩「魂魄」。
よもぎさんの麗しいイメージCGもあり、このページに添えたかったのですが、レイアウトの関係でうまくいきませんでした。
また、同じく翠蓮さんによる「散華」は、孔明から後事を託された姜維の覚悟と矜持を詠ったもので、この詩に対するアンサーポエムになっています。

姜維と孔明。
この師弟の交流の美しさ、その生きざまは、数ある三国志の人間関係の中でも、他に例を見ないほど純粋でひたむきなものに思えてなりません。

劉備から託された大いなる夢、その実現のために、文字通り粉骨砕身する孔明。
しかし、現実は容赦なく蜀の未来を塞ぎ、ついには病に倒れた孔明の命の灯火をも吹き消そうとするのでした。
この夢を、大いなる志を、託せる者はそなたしかいない……と、孔明はすべてを姜維にゆだねます。
それが、どれほど険しく困難な道であるか、いかに厳しい犠牲を強いることになるか、分かりすぎるほど分かっている。それでも、死に臨んだ孔明が、この国の行く末を託すことができるのは、姜維以外にないのでした。

姜維もまた、すべてを承知の上で、まっすぐに孔明の願いを受け止めます。
やがて蜀は魏によって滅ぼされ、姜維も乱戦の中に斃れます。
けれども、ふたりの進んだ道には、ただ一片の私心もなく、ひたすら国のため、民衆のため、人の拠るべき大義のため……。ともに最期まで己の信義を貫き通したのでした。
いささか現実離れしているのでは、とさえ思える清冽な生きざまも、この師弟であればこそ、と納得できるのです。




よもぎさんのイメージCG「魂魄」
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BGM 静月−中秋−/From「遠来未来」