いにしえ夢語り浅葱色の庭言の葉しずく



帰 郷  Episode 3


初詣に行こう!



「せっかくやから、平助さんと二人でお宮さんへでも参ってきたら」
実家に帰って五日目の朝、何となく暇をもてあましている私と平助くんを気遣った母が、声をかけてくれた。
「もう今日は三日やし、そんなに混んでへんやろ。今日はお天気もよさそうやから、もしよかったら、二人揃って着物でも着てみる?」
「やったぁ。着る着る!」
母の提案に、私は一も二もなく賛成した。
「去年のお茶会で着とった鴇色(ときいろ)の小紋でええか? 平助さんには、お父ちゃんの大島を借りたらええわ。ちょっと地味やけどな」
「ありがと。平助くん、きっと着物が似合うと思うわ」
それから、大騒ぎで母に着付けてもらった私は、窮屈な帯と歩きにくい裾を気にしながら、一階の居間へと下りていった。
障子を開けて部屋に入ろうとした私を見て、平助くんは、
「うわっ、誰かと思った!」
と、こっちが恥ずかしくなるくらい大仰に驚いている。
「ほんとに花梨だよな。すっげえきれいだ。見違えたぜ」
「えへ。平助くんにそんなふうに言われると、お世辞でもうれしいな」
「お世辞なんかじゃねえって。いつもの花梨とは別人でさ、なんかこう……ドキドキするっていうか、懐かしいっていうか」
「あ、そうか。平助くんの時代の女の人はみんな着物姿だもんね」
たとえ懐かしさからだとしても、平助くんに「きれいだ」と言われたことがたまらなくうれしい。

そういう平助くんは。
床の間を背にして、父から借りた錆鼠色(さびねずいろ)の大島の着物と羽織を着て座っている姿がきりりと涼やかで、思わず見とれてしまった。着物を着慣れているから、身のこなしも落ち着いていて、やけにさまになっている。
時代劇に出てくる若様みたい、なんて言ったら怒られるかな。
――くすっ。
思わず、顔がにやけてしまった。
「え? 俺、なんかおかしいか?」
違う、違う。そうじゃないの。
「ううん。当たり前なんだけど、着物を着てる平助くんって、普通に似合ってるっていうか……。すっごくかっこよくて、見惚れちゃった」
寝ぼけ眼で出会って以来、着物姿の平助くんを見るのは初めてだったから、改めてこんなに素敵な青年だったんだ、と目の醒めるような驚きがある。
凛々しい、という表現がぴったりだ。
そういえば、誰の手も借りず、手馴れた様子でさっさと着物を着てしまった平助くんに、父も母も驚いたらしい。
「平助さんって、どこの国に住んではったん? まさか外国で、毎日着物着てたとか……。けど、そんな国、今どきあらへんよねえ?」
「ああ、それはね――」
返事に困っている平助くんを助けようと、私は思いつくまま、彼は子どもの頃から侍に興味があって、普段からよく着物を着ていたのだ、と説明する。
「剣道も小さい時からやっていて、かなりの腕前なんだって」
付け加えるようにそう言うと、学生時代に剣道をやっていた父の目の色が変わった。
「ほう。それはぜひ一度、お手並みを見せてほしいもんやな」
うわっ、余計なこと言っちゃったかな。
「お父ちゃん、ごめん。それはまた……今度、ね!」
とにかく、行ってくるから、と平助くんの手を引っ掴むようにして、私たちは家を出た。


雨こそ降っていなかったが、厚い雲に覆われた空は寒々としている。
元旦に降った雪が昨日の雨に溶けて、バス停に向かう道はぬかるみになっていた。
履き慣れない草履のせいで、ただでさえ足元がおぼつかない。転ばないようにゆっくりとしか歩けない私と、黙々と前を行く平助くんとの距離は、あっという間に広がってしまった。
「平助くん、待ってえ」
私の情けない声に振り向いた平助くんは、ごめん、ごめん、と頭をかきながら戻ってきてくれた。
「ごめんな。ちょっと考え事してた」
「考え事?」
首を傾げる私に、平助くんは思慮深そうな視線を向ける。
「――京に戻ったら、俺も働こうかと思ってるんだ」
「ええっ? いいよ、平助くんがそんなこと考えなくても」
突然、何を言い出すかと思ったら。そんなの、まだ無理に決まってる。
だけど、私を見つめる平助くんのまなざしは真剣だった。
「だってさ、今の俺って髪結いの亭主状態だろ。情けないじゃん。第一このままじゃ、花梨のおやじさんやおふくろさんにも申し訳ねえし」
「え?」
どうしてここで両親が出てくるのか、平助くんの真意が掴めないまま、私はじっと平助くんの顔を見守った。
「俺、めちゃくちゃうれしかったんだ。二人とも、俺のこと認めてくれただろ。家族だって」
「あ、うん……。そうだね」
「だったら尚更、花梨のこと、きちんと責任持たねえとさ」
「………」
心臓が、どきんと音をたてた。
(これって、もしかしてプロポーズ? まさか、ね)
そう思うと、とんでもなく照れくさい。もしかしたら、私の一人よがりかもしれないけど、こんなうれしい勘違いなら、いつまでも勘違いしたままでいられればいいと思う。
そんな他愛もない理由で、ちょっとうきうきした気分のまま、私は平助くんと一緒にバスに乗り込んだ。

目的の停留所でバスを降りると、目の前に大きな鳥居が建っており、そこから山頂に向かって、鬱蒼とした杉木立に包まれた長い石段が続いている。目指す神社は、日本海を望む高台に鎮座しているのだった。
人の波に押されるようにして石段を上り、露店が続く境内を抜けて、私たちはようやく拝殿の前までたどり着いた。
二人並んで、参拝する。隣を見ると、平助くんも神妙な顔で手を合わせていた。
正月とはいえ、若い男性の和服姿はやはり目立つのだろう。お参りしている間も、時折、回りから「かっこいいわね」というひそひそ声が聞こえてくる。私は、平助くんとつないでいる手を、思いっきり誇らしげに見せびらかしたい気分だった。
参拝を済ませた後で、横を歩いている平助くんに尋ねてみた。
「ねえ、何をお願いしたの?」
「花梨と、花梨のおやじさんとおふくろさんが、いつまでも無事に過ごせますように、って」
予想通り、そつのない答が返ってきた。
「花梨は?」
「私? 私はねえ……内緒!」
「こらっ、卑怯だぞ!」
私は、わざと大げさに平助くんから逃げるふりをしてみる。
石段のところまできて立ち止まると、遥かに見える海の上に、雲の切れ間から薄日が差していた。穏やかな波が陽光をはねかえし、海全体が淡い金色に輝いている。
「きれい……」
海を眺めて佇む私に寄り添うように、平助くんがそっと肩を抱いてくれた。
同じ場所で、同じものを見ることができる幸せ。大切な人と、時間と空間を共有することができるということ。それが、こんなにもうれしいことだったなんて。


そう。私の願いはただひとつ。

――平助くんと、少しでも永く一緒にいられますように。


2009/10/23

花梨と平助くんの里帰りのお話は、あまりにくどくなってしまいそうだったので、本編の方では飛ばしてしまったのですが、いろいろと美味しいシチュエーションがてんこ盛り…な気がしまして(笑)。
本編では触れられないようなお遊びも、拍手お礼用のSSならいろいろと出来ちゃうかも〜、なんていう不純な動機で書き始めたのですが、平助くんイベントの準備なども忙しくなってきまして、一旦はこれで打ち止めということにさせていただきます。
何しろ本編があまりにも切なくて、書いていて辛いんですよね…。(T_T)
そんな訳で、管理人の息抜きみたいな側面がなきにしもあらず…なシリーズですが、これからも時々ネタを思いついたら、番外編のような形で書いてみたいなと思っています。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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