いにしえ夢語り蜀錦の庭三国志を詠う

風を待つ





あ、風が変わった――。



頬を撫ぜる風が
ふいに冷気を帯びたように感じられ
私は空を見上げた

雨が降るかもしれませんわ。
早く片付けて、家に戻りましょうか。

畑仕事の手を止めて
妻がつぶやく

屈託のないその笑顔にひきこまれるように
私も明るく微笑み返す



緑したたる初夏の午後
草の匂いのする 少し湿った風は
雨が近いことを告げている

この風のように
いつか 私の世界も変わるのだろうか



遠い昔
無邪気に思い描いた夢は
いつしか現実の理不尽さに打ちのめされ

それでも
いつかはと 胸の奥深くたたみ込んだ大志

その焔は熱く激しく
今も我が身のうちにくすぶっている



いつまでも
この隆中の片田舎で 愛する妻とふたり
穏やかに 静かに暮らしていたい

そう願う心のどこかで
何かを待ちこがれる気持ちが動く



それは風なのか
あるいは嵐なのか

いっそ この身を滅ぼす嵐をこそ
私は望んでいるのかもしれない



道は、まだ見えぬ――。



私はひとり
時を待つ臥龍







◆◇「風を待つ」によせて◇◆

明日8月23日は、諸葛孔明さまの命日にあたるのだそうです。ということで、急遽以前にアップした拍手お礼用の詩をアレンジしてみました。
実は5月の拍手お礼用に考えたものだったので、未だ劉備に見出される前の、隆中に晴耕雨読していた頃の諸葛孔明の心境が、何となく新緑の時期に似合うかなあ…と思ったのです。命日というなら「秋風五丈原…」ですが、そこは生温かい目で見逃してやってください。
劉備に出会うまでの孔明は、どんな思いで毎日を送っていたのでしょうか。
胸の中にあふれるほどのたぎり立つ「思い」を抱えながら、じっと風を待つ臥龍。
そんな夫を、温かく見守る妻。
やがて訪れる天の時が、二人の運命を大きく変えていくことになるのですが…。このときはまだ、ちょっと青くて優しい時間が、ゆっくりと過ぎていたのだと思いたいですね。



BGM カゼヨミ -World of Kaminokaze-/From「遠来未来」

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