今月のお気に入り



異国の花守
−幻想の波津ワールド−





波津彬子さん。現在進行形で気になっている漫画家さんのひとりです。
ちまちまと文庫本を買い集めて(ほんとは「雨柳堂夢咄」なんかセットでどか〜んと買いたいんだけど…笑)、数えてみたら10数冊になっていました。
どちらかというと和モノが多い印象のある波津さんですが、古きよき時代のヨーロッパやアメリカを舞台にしたファンタジーっぽい作品なんかもあって、こちらもなかなかステキです。
いずれにしても、ちょっぴり怪奇テイストでありながら決しておどろおどろしいものではなく、幻想的でふんわりしたタッチの波津ワールド、今とってもお気に入りなのです。

異国の花守は金髪碧眼の超美形!

そんな波津彬子さんの作品の中でも一番お気に入りなのが、今回取り上げた「異国の花守」シリーズです。
私が持っているのは文庫本で、「異国の花守」「佐保姫の恋」「名残の花」「花の聲」「夏衣の風」「冬の音」「花笑みの庭」のシリーズ7作品が収録されています。

あらすじ
主人公森岡雛子は、東京の大学を卒業したものの就職できず、大学院での研究もあきらめて、故郷の金沢に帰ってくる。
大伯母が自宅で開いている茶道教室に通うことになった雛子は、そこで大伯母の弟子だという英国人青年アレックスに出会う。アレックスは日本美術に造詣が深く、古き良き日本の伝統や日本人の心を深く愛していた。
旧家である大伯母の屋敷には立派な椿の木があり、代々この椿の花守なのだという。その椿の精霊(佐保姫)をたびたび夢に見るようになった雛子は、アレックスを愛し始めている自分に気づく。
やがて、一人暮らしで跡取りのいない大伯母の家に、行儀見習いをかねて住み込むことになった雛子。静かに過ぎてゆく季節の中で、雛子とアレックスもゆっくりと愛を育んでいくのだが……。
大伯母が体調を崩したことから、遺産相続など避けられない俗世間の問題が巻き起こる。旧家での大伯母との静かな生活を愛する雛子は、いつかアレックスと二人で、花守の家を継ぎたいと願うのだった。


四季折々の風情に彩られた金沢の町を舞台に、雛子とアレックスとのロマンスが幻想的に綴られていきます。二人の恋は、決してドラマチックではないけれど、しっとりとした大人の情感と、静かに熟成されていくような情熱が感じられて、とてもステキ。
若者らしい悩みや、恋に付き物の迷いや逡巡もきちんと描かれていて、共感が持てますし。
さて、このアレックスという英国人青年ですが、とってもまじめで優しくて、かっこいい美形! とくれば、雛子じゃなくても惚れるよね〜〜(笑)。
しかも波津さんの絵がほんとにステキで、「きれいな男性」というのはこういう人なんだなあって、思わず納得させられちゃうのでした。

ところで、アレックスのように、日本の伝統文化や芸術に憧れて来日する外国人は、今でもたくさんいますよね。そしてその人たちの多くは、我々日本人よりもむしろ日本のことをよく知っていて、日本の心を理解しているのではないかと思うことが多々あります。
現在の日本人がいつの間にかなくしてしまったものを、彼らの方がより深く理解し、愛しているのではないかと。
本編の主人公である雛子も、アレックスと過ごすうちに同じような危惧を抱くのです。もちろん彼女にとっては、単なる概念ではなく、もっと直接的な危機感(アレックスが日本を嫌いになってしまうのではないか→イギリスへ帰ってしまうのではないか)となるわけですが。
アレックスが雛子に自分の心境を語るシーンは、日本人としてとても切なくなりました。
「日本の中の“美しいモノ”に心ひかれて、日本に来ました。それは美術品とか……物だけではなくて、風景・伝統・芸道……つまり人の心みたいなものです。でも日本に来て、かえってそれが見えなくなった気がしました。しかたないことです。日本はどんどん変わっている――」
彼はそれを「探し物が見つからないような気持ち」だと言いいます。
「日本が嫌いになった?」とこわごわ尋ねる雛子に、それでも「いいえ」と答えるアレックスの優しさに、読んでいるこちらまでほっとしたりするのでした。

日本女性の凛とした美しさ

さらには、舞台になっている金沢という町とそこに息づく伝統文化の香りが、この作品に何ともいえない気品と奥深さを与えているように思います。
昔なら、どこの家庭でもやっていたに違いない季節の歳時記。庭木の手入れをしたり、障子を張り替えたり、衣類の虫干しをしたり……。
そんな日々の暮らしがきちんと今も生きている、金沢っていい町だな〜と思わせるところがうまいですね。私たちのように、ある年齢以上の者には、とても懐かしい風景だったりします。
このマンガを読むと、きっとお茶を習ったり、着物を着たくなったりしてしまうこと請け合いです(笑)。

脇役として配された人たちも、それぞれに存在感があって魅力的。
特に、三人目の主役ともいうべき大伯母の和香子さんは(もうおばあちゃんなのだけれど、すごくステキ)、立ち居振る舞いから物腰、処世術、何より生き方そのものが凛としていて、思わずこちらの背筋も伸びるような女性です。
なんでもこなせる大伯母は、きっと昔の日本ならどこにでもいたしっかり者の奥さんなのでしょう。
そんな大伯母とともに暮らし、アレックスを介して日本の姿を考えさせられていく中で、主人公の雛子も、とても魅力ある大人の女性として成長していきます。
恋愛モノはあまり読まない私ですが(受け付けないわけではないけれど、求めて読もうとは思わないんですね)、ここで描かれる雛子とアレックスの恋は、読後感がすごくさわやかで、思わず二人を応援したくなってしまうのです。
一応のハッピーエンドにはなったものの、二人の恋はまだまだ現在進行形。でも大丈夫、こんなにステキな二人のことだから、きっと幸せな恋の軌跡をつむいでいることでしょう。
今も金沢の町に、椿の木を守って静かに暮らしているだろう和香子さんや雛子、アレックスの姿を思い描いています。


2006/5/1


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Buck