いにしえ夢語り千華繚乱の庭繚乱エッセー>シネマ


変 面この櫂に手をそえて



久しぶりにすごくいい映画を見た、というのが率直な感想。
ベタな設定で、話の成り行きも分かっているのに、ラストシーンではやっぱり泣いてしまう。
あまりにも「お涙ちょうだい」が見え見えな作品は嫌いなのだが、この「変面」は、ストーリーも自然でおしつけがましくなく、気がつけば温かい涙が頬をぬらしている、という珠玉の秀作である。

タイトルの「変面」、本当はもっと難しい字を書くのだが、変換できるかどうかわからないので(そもそも読めないし)、こちらで表記しておく。
「変面」というのは、中国四川省の伝統芸能で、顔につけた布製のマスクを、目にもとまらぬ速さでつぎつぎと変えていくというもの。主役の変面王を演じた役者さんは、1ヶ月間特訓して撮影に臨んだということだが、本当に目をこらしていてもわからないくらいの早業だ。

「変面」を生業とするワン老人(変面王)は、自分の芸が絶えてしまうことを恐れ、跡継ぎにしようと闇市で買った男の子クーワーと二人で暮らし始める。変面の芸は、他人には、また女にも教えられないのだ。
かいがいしく老人の世話をするクーワー。老人もまたクーワーに心からの愛情を注ぎ、二人は本当の祖父と孫のような絆で結ばれていく。
ところが、実はクーワーが女の子だったことが分かり、老人の失望は計り知れない。一度は捨てていこうとするのだが、必死で追いすがるクーワーを捨てきれず、雑技を仕込みながら、下女として置いてやる。
今までとは打って変わって邪険にされても(それまでは「おじいちゃん」と呼ばせていたのが、女だと分かったとたんに「ご主人様」と呼ばせるしさ!)、クーワーは、初めて自分を人間として扱ってくれた老人の側を離れることができない。
そして、何とか老人の役に立ちたいと思う彼女の行動は、ことごとく裏目に出てしまい、かえって老人を窮地に追い込んでしまう……。

とにかく主役の2人がすばらしい。
全体的に静かなトーンで、話もけっこう淡々と進むのだが、ふと見せる老人の寂しげな表情や、クーワー役の少女の目の力が、雄弁に物語を語っていく。
特にクーワーを演じた少女(役柄は8歳という設定)の、とても子どもとは思えない演技力に驚かされる。実は、彼女自身も、4歳で雑技団に入り、親の愛情を受けることなく育つという、クーワーの境遇を地でいくような生い立ちなのだそうだ。演技というより、これはもう天性のものだったというわけ。
ワン老人を演じているのは、テレビドラマ「大地の子」で主人公の養父 陸徳志役をやった朱旭。存在感のある重厚な演技はさすがである。

作品の中に出てくる当時の中国社会の本音が、けっこう重い。
公然と人身売買が行われているのにも驚かされるが、その上女の子では売れないという男尊女卑の現実に暗澹となる。また、いかにすばらしい技を持っていても、芸人は一段低く見られる差別にも。
ワン老人も、最初はかたくなに女の子を拒絶するが、やがて「お前が男の子だったらなあ……」とクーワーに心を開き始める。もちろん、この時点でも、まだ彼女に「変面」の技を教える気はない。
けれど、クーワーが命がけで自分を救おうと奔走したことを聞き、ようやくかれは気づくのだ。「男」「女」といった見かけにこだわるより、人間としてもっと大切なものがあるということに。
牢から解放されて船に戻ってきたワン老人に、「ご主人様」と呼びかけるクーワー。老人は「おじいちゃんと呼んでおくれ」という。
「おじいちゃん!」クーワーは泣きながら老人に駆け寄り、何度も何度も叫ぶのだ。それまで呼ぶことを許されなかった言葉を。

実は、もっと悲しい結末になるのかと、ハラハラして見ていた。
だから、ラストシーンで変面の技を競い合うクーワーと老人の笑顔には、本当にほっとさせられ、「ああ、よかったなあ」と思わず熱いものがこみあげてきた。
予定調和のような大団円であるが、それでもやっぱり気持ちよく泣かされてしまう。
クーワーが「イェイェー(おじいちゃん)!」と叫ぶ声が、いつまでも耳に残って消えない。
(05/9/1 ブログより再録)



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