平助くんと私の六十日間 |
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私、山村花梨、21歳。新選組大好きな女子大生。 今、私は、突然140年も過去の世界からタイムスリップしてきた御陵衛士(元新選組隊士)の藤堂平助くんと一緒に暮らしている。……という嘘のようなホントの話。 ◆◇◆ 平助くんと同じ部屋に寝起きするようになって、一番気になったのは、本棚に山積みになっている新選組関係の書籍やDVDをどうするか、ということだった。 誰だって、自分がいつ死ぬかということや、死ぬときの状況など、好んで知りたくはないだろう。 DVDやパソコンはともかく、本や雑誌類などはそのままにしておくと、嫌でも平助くんの目についてしまう。特に、学校やバイトで私がマンションを空けている間に、平助くんが手に取らないとも限らない。 とりあえず、その類の本はまとめてダンボール箱に詰め込み、しばらくの間友人の家で預かってもらうことにした。 「ねえ、平助くん。毎日退屈でしょ?」 5日目の朝、顔を洗っている平助くんの背中に向って、声をかける。 「ん? ああ、まあな」 一人で外に出るなんて、まだとても無理だったから、一日中狭い部屋の中でじっとしているのだけれど、それって平助くんにとって、とても辛いことなんじゃないだろうか。 「今日は、一緒に出かけようか」 「いいのか? だって、花梨、忙しいんだろ?」 「大丈夫だよ。大学は今日から冬休みだし、ファミレスのバイトもしばらく休むことにしたの。平助くんの服も買いに行かなくちゃいけないしね」 本当のことを言うと、バイトは休みにしたんじゃなくて、辞めてしまったのだ。忙しい年末年始に、アルバイトのわがままを聞いて休ませてくれるほど、優しい職場なんてあるはずがない。 でも、私は少しも後悔していない。 平助くんを一人きりでマンションに置いておくことに比べたら、バイト料が入ってこないくらいどうってことなかったから。 その日は朝からぐんと冷え込んで、お昼前になっても北風が冷たかった。 私と平助くんは、しっかり厚着をしてマンションを出た。 市バスに乗って、京都駅に向う。 軍資金があまりないので、ユニクロあたりでがまんするしかないけど、とにかく着替えを何とかしなければならない。いくらなんでも、私の服で着たきり雀なんてあんまりだ。平助くんなら、何を着ても似合うと思う。 昼間、平助くんといっしょに出かけるなんて初めてだったから、私はデート気分でウキウキしながらバスの吊り輪につかまっていた。 平助くんはというと、どうも自動車と人込みが苦手らしい。満員のバスの中はかなり居心地が悪いのか、私の隣で、必死の形相で吊り輪にぶら下がっている。 きっと、自動車のスピードに目測がついていかないのだろう。道を横断するとき間にあわなくて、轢かれそうになったことがある。だから未だに、たとえ信号が青でも、一人で道を渡るのは怖いらしかった。 そんな彼と、繁華街まで出て買い物をするのは、予想以上に大変だったけど、久しぶりに外の空気にふれることができて、平助くんも少しは気持ちが晴れたんじゃないかな。 ユニクロで当面の着替えを何着か買い、その後、駅ビルの中のカフェで一休みしてから、帰りはのんびりと歩いて帰ることにした。 鴨川にかかる七条大橋まできたとき、平助くんがふいに懐かしそうな声をあげた。 「なあ、ここって七条大橋だよな」 「うん」 「まわりの景色はすっかりかわっちまったけど、鴨川の流れだけは、俺のいた頃とあんまり変わってねえな」 河原を見つめる平助くんの視線は、本当は、どこかもっと遠いところを見ているのかもしれない。 ふいにその背中に、幕末の影が差したような気がして、私は一瞬、息をのんだ。 「へえ。そうなんだ」 胸の中に湧き上がった不安を消すために、わざと大きな声で言いながら、私は平助くんの背中にそっと自分の肩を寄せた。 ――温かい。 確かに、平助くんはここにいる。 生きて、動いて、しゃべって、こうして身を寄せれば、彼の体温が伝わってくる。 (幻じゃないよね。夢じゃないよね……) これまで何度、こうして自分自身に問いかけたかしれない。 そのたびに、あなたの存在が間違いなく現実であることを確かめたはずなのに、それでも拭いきれないこの不安はなんだろう。 「平助くん。早く帰ろ。こんなところにずっと立ってたら、風邪引いちゃうよ」 「そうだな。花梨に風邪引かれちゃあ、俺が困るし」 私たちは昔からの恋人みたいに、手をつないで橋を渡った。 そして、その夜のこと。 いつもなら、ごはん3杯は軽くおかわりする平助くんが、何となく元気がない。 「平助くん、どうしたの?」 「大丈夫、なんでもねえさ。ただちょっと頭が痛えかな、って」 「なんか、すごくしんどそうだよ。熱でもあるのとちがう?」 冗談半分で平助くんの額に手をあててみて、驚いた。とんでもなく熱い。 「ちょっ…大変! すごい熱だよ!」 「え? そうか? あんまし、いつもと変わんねえけど」 呑気に答える平助くんだけど、熱のせいか目がぼんやりしてるし、明らかに息があがっている。 「大丈夫じゃないってば。やっぱり昼間寒かったから、風邪引いちゃったのかな」 今日の人込みで、悪い風邪でももらってしまったのだろうか。 どうしよう。こんな時間じゃ、病院も開いてないし。 とにかく薬を飲ませて寝かせるしかない。 「ごはんはもういいから、早く着替えて横になって」 「ああ。花梨、心配すんな。大丈夫……だって……」 しゃべるのさえ億劫そうな平助くんに、無理やり薬を飲ませ、服を着替えさせる。 それが限界だったのだろう。平助くんは、こたつに足を突っ込むと、そのまま気絶するように眠ってしまった。 「平助くん……」 ああ、もう。どうしたらいいんだろう。 (もしかして、江戸時代の人って、風邪の免疫とか持っていなくて、重病になったりするのかな――) 一人であれこれ考えていると、思考が悪い方へ悪い方へと流れてしまう。 平助くんが寒くないように、そっと毛布をかけてから、私はおろおろと食事の後片付けをしたが、なんだか足が宙に浮いたみたいで、落ち着かない。 訳もなく、心臓がどきどきする。 平助くんは、真っ赤な顔をして眠っていた。 水で冷やしたタオルを頭に乗せようとして、私ははっと手を止めた。 平助くんの額に残る、引きつれたような傷痕。普段は前髪を下ろしているので気づかなかったが、結構痛々しい。 (池田屋で受けた傷なんだ――) 新選組の名を一躍天下に轟かせた池田屋事件。その時、平助くんは誰よりも真っ先に斬り込み、浪士との壮絶な斬り合いの中で、額に重傷を負ったのだ。 そっと、傷のまわりを指でなでてみる。指先に、平助くんの熱が伝わってきた。 元治元年の傷痕――。 140年の時間を超えて、今自分の指に触れている傷痕が、とても愛しくて、だけど切なくて。 呆けたように平助くんの枕元に座ったまま、私はいつまでも涙ぐんでいた。 その時だ。 「伊東……先生……」 熱にうかされた平助くんが、苦しそうにつぶやいた。 「だめです! 先生……そこは、危ない……」 平助くん。どんな夢を見ているのだろう。 きっと、いい夢じゃないよね。 池田屋では、「魁先生」と呼ばれるほど、新選組の斬り込み隊長として活躍した平助くんが、それから3年後には、伊東甲子太郎らとともに新選組と袂を分かってしまう。 ――いったい、あなたに何があったの? ――試衛館の人たちについていけなくなったのはどうして? 表向きは話し合いによる離脱だったが、御陵衛士として分派した彼らを、新選組がそのまま放っておくはずがなかった。 やがて、伊東は近藤、土方らの謀略によって暗殺され、その伊東の死体を囮にして御陵衛士の壊滅を謀ったのが油小路の変だ。 慶応3年11月18日深夜、伊東の遺骸を収容すべく油小路へ急行した御陵衛士たちは、待ち伏せていた新選組の要撃を受ける。激闘の末、藤堂平助、服部武雄、毛内監物の3人が斬殺された。 そう。 タイムスリップして、私の部屋に落ちてきたあの夜に、平助くんは死んだのだ。 その夜、私は、一睡もできずに、ずっと平助くんの横に座っていた。 目を離したら、彼が消えてしまいそうな気がして怖かったから。 だから、次の日の朝、すっかり熱も下がって元気になった彼が、いつもと同じ調子で、「よっ、花梨。おはよー!」なんて言いながら起きてきたときは、うれしいのを通り越して腹立たしかったほどだ。 「どうかしたのか。そんなふてくされた顔して」 「何でもないっ」 「お、おい……」 何事もなかったように笑顔を見せる平助くんを見ていると、こらえていたものが一気にあふれ出してきた。 「花梨、どうしたんだ? どっか痛いのか?」 心配そうにじっと私の顔を覗き込む平助くんの、額の傷痕が目に入ったとたん、とうとう私はぼろぼろ泣いてしまった。 「……平助くんの、ばかぁあああ!」 「え? ええ?」 訳が分からずに慌てる彼の胸に飛び込み、くしゃくしゃの顔を埋めて、私は平助くんの体温を確かめる。 「心配したんだよ。すっごく心配で、昨夜は一晩中眠れなくて、ずっと平助くんの顔を見てたんだよ。ほんっとに心配したんだからぁ」 「……ごめん」 平助くんの腕が、優しく私の背中を包んでくれた。 「俺、子どものときから家族とかいなくてさ、そんなふうに誰かに心配されたことなかったんだ」 背中に回された腕に、ぎゅっと力が入る。 「だから、うれしかった。ほんとに、ごめんな」 「ううん……」 胸の奥で、何かがはじけた。 そこから熱いものがほとばしり出て、体中にあふれて止まらない。 それは、うれしくて、切なくて、苦しくて、心が震えるような気持ち。 きっと人はこれを、恋心と呼ぶのだろう――。 |
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<5 に続く> |
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