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殉 志


――六十有余年、ただひたすらに戦い、駆け続け……、今わが手に残りしは、この一本の剣のみか。

姜維伯約は、腰に佩いた一剣を静かに抜いた。
それは、幼い日に死別した父の形見。数え切れぬほどの戦場を、ともにくぐり抜けてきた業物だ。
剣は、一点の曇りもなく、静謐な輝きを放っていた。
「わが生涯にも、一片の悔いなし!」
眼前には、殺到する魏兵たち。殺気をみなぎらせて押し寄せる敵の只中へ、伯約はまっすぐに眉を上げ、飛び込んでいく。

前へ――。ただ、前へ。
この足が動く限り、一歩でも、前に進むのだ。命果てるそのときまで。

阿修羅のごとき奮戦も、やがて剣折れ、力尽きる。抵抗を失った伯約の五体は、敵の刃によって斬り刻まれ、血汐の海に沈んだ。
(……丞相。私は、ついに叶えることができませなんだ。丞相から引き継いだ夢を、大いなる志を。お許しくだされ――)

夢を追い続けた男の人生が、その夢とともに潰えた瞬間だった。
二六四年春一月のことである。




1月18日は姜維くんの命日です。
1700年以上も昔の人なのに、今でもその吐息とかうめき声とか涙とか血の色とか、鮮やかに目に浮かんでくる感じなんですよね。
姜維については後世の評価はさまざまで、度重なる北伐の強行が国力を疲弊させ、蜀滅亡の原因になったという批判もあります。
それは、確かにそうかもしれません。
でも、姜維にこれ以外の道があったでしょうか。
故郷を捨て、不孝不忠のそしりを受け、それでもかつての己の故国に攻め入り続けた彼。まるで孔明の遺志が乗り移ってしまったかのような彼の生き様に、私はやはり熱い涙を注がずにはいられません。


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