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デビルマンは今日も空を飛ぶ!



考えてみると、私とデビルマン・不動明との関わりはずいぶん長い。
高校時代、「少年マガジン」に連載されていた頃からのつきあいだから、もう ン?十年になる(……)。
その間、常に私の心の中でA級の地位を占めているのだから、たいしたものだ(私も、あっちゃこっちゃと浮気の激しい人なのだった……爆)。
あるいはデビルマンの妖気に魅入られたか、はたまた明くんの毒気にあてられたか、文字通り悪魔に魅せられた美女(?)のごとく、私はこのマンガの虜となり続けている。

さて、永井豪というマンガ家さんについて、皆さんはどんなイメージをお持ちだろうか。
「ハレンチ学園」? 確かにこの作品の印象はキョーレツでしたなあ。「キューティーハニー」もなかなか色っぽかったしね。
「マジンガーZ」に代表されるロボットもの路線もあったなあ(語り部は結構これが好きだったりする……笑)。
さらには「バイオレンスジャック」や「手天童子」で描かれた、理屈じゃない究極のバイオレンス。
そんな訳で、どうしても「エロ」とか「暴力」とかいう言葉でくくられてしまいがちな永井作品であるが、私にとって永井豪は、まちがいなくSFマンガ家のひとりなのだ。

彼のSFは、発想の面白さ、意外性が身上だ。
諸星大二郎の作品のように、緻密な構想と計画から成り立っているわけではない。手塚治虫のごとく、文明批判や人間の存在意義といった冷徹な骨子に厳然と支えられているものでもなく、あるいは松本零士のように、コマ割りの隙間からさえも魂の叫びが聞こえてくる、そんなマンガとも違う。
それでもなお、永井豪のマンガが私をひきつけてやまないのは、彼の作品の中の「人間」のきらめきである。
永井豪という人は、よほど人間というものを知っているのだろう。

不動明は、単なるスーパーヒーローではない。この上なく人間らしい、しかしながら人間ならぬ生物なのだ。
彼は、人と悪魔に引き裂かれた魂ゆえに、悩み、悲しみ、怒り、そして慟哭する。すべての人間が悪魔のようになり果ててしまった中で、人ではないはずのデビルマン・不動明が、最も人間らしい心の持ち主であったりする。
そこで私たちは、初めて「人間とは何か?」という本質的な問題に気づくのだ。これこそが、「デビルマン」を単なるSFマンガで終わらせていない要因じゃないかと思う。

それに、これはまったくの私見なのだけれど、永井豪ってとてつもなくネームがうまい!と思いませんか?
あんなに的確に的を得た、しかもズバッと読者の心にえぐり込んでくるようなセリフを、どうして考えつくんだろう……。ひと言ひと言が、まるで宝石のようだ。特に5巻(最終巻)になると、もう名セリフの洪水である。
デーモン(悪魔)の影におびえ、他人を信じることができなくなった人間たちは、悪魔狩りと称して次々と同じ仲間である人間を捕え、殺戮していく。
自分を家族同様に育ててくれた牧村家の人たちが悪魔狩りによって殺された時、ついに不動明は人類に牙をむく。


おれはからだは悪魔になった……
だが 人間の心を失わなかった!
きさまらは 人間のからだをもちながら 悪魔に! 悪魔になったんだぞ!
これが! これが! おれが身をすててまもろうとした 人間の正体か!
地獄へおちろ 人間ども!


悩み苦しみ、戦いの意味さえ見失ってしまったデビルマン不動明が、最後にたどりついた希望は、愛する女性 牧村美樹だった。


おれはわからなくなった……
おれは人間をまもるために戦ってきた
だが いまの人間にまもるべき価値があるか――
ない!
いまの人間はケダモノ以下だ
おれには…まもるべき人間がない……

いや……いる!
おれにはまだ まもるべき人がいる!
美樹!
きみがいるかぎり おれは悪魔にはならん!
きみがいるかぎり おれは 悪魔人間(デビルマン)だ!



美樹のために戦う。彼女のためになら戦える。
そう決意した明の目に飛び込んできたのは、悪魔狩りの暴徒と化した群集によって、無惨に斬り刻まれた美樹の変わり果てた姿だった……。
この衝撃! あまりにも残酷な……。
肺腑をえぐられるような慟哭、そして怒り。


おれは もう なにもない……
生きる希望も 幸福も…… 生きる意味さえも!
まもるべきなにものもない!


どうです、ちょっとすごいでしょ〜。
肝心の「絵」なしで、セリフだけでどれだけマンガのニュアンスを伝えられるか、ちょっと不安ではあるが、これだけでも十分に「デビルマン」のすばらしさは分かっていただけるのではないだろうか。

近頃の、奇抜すぎる発想と、やたら難解な構成展開のみに依存するSF的作品が多い中で、「デビルマン」は今も鮮烈な印象と深い感動を与えてくれる。
より濃密な内的宇宙への凝縮――人間心理の追求という点で、私にとって「デビルマン」は、SFというよりは「ひと」の本質を鋭く問い詰める人間ドラマなのだ。
その意味で、永井豪は、もっと別の評価をされていい。
「デビルマン」一作で、彼の名前はマンガ史上に残る……そう思うのは、決して私だけではないだろう。

「デビルマン」はアニメ化され、テレビ放映された。アニメはアニメで結構面白かったが(美樹ちゃんにメロメロな明くんがかわゆくてね〜〜笑)、それでも、アニメとマンガはまったく別ものだと思っている。
私は、原作の持つ凄惨な雰囲気と絶望感が好きなのだ。
ラストのクライマックスに向かって、一気に盛り上がっていく5巻の展開は、いつしか挽歌の調べを帯びて悲しい。そして、怒涛の後の、悲愴なまでの静寂の中でドラマは終わる……。
マンガの中では、明も美樹もすべては消滅してしまったけれど、私の心の中の宇宙では、デビルマンは今日も、美樹とともにどこかの空を飛んでいるのである。



この文章は、学生時代ある同人誌に掲載したものを加筆修正したものです。
(文中敬称略)


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