今月のお気に入り


だって、中国が好き!
−映画「赤壁」公開に寄せて−


●チャイナホリック?

昔から、なぜかしら中国に憧れていました。それはもう、恋といってもいいかもしれません。中国と言う大地の、そしてそこに生きた人々の、はかり知れない「馬鹿でかさ」が大好きで……(笑)。
自然もひとも、日本とはスケールがちがうのです。黄土におおわれた空漠とした空間の広がり――そのいかにも無機質な広大さに、なぜか心惹かれたものでした。
何度も何度も、吉川英治の「三国志」や司馬遷の「史記」をひもといては、黄土の大陸に思いをはせ、いつか自分もこの大地に立ってみたい、と。
それだけに、生まれてはじめての海外旅行で、憧れの中国を訪れた時の感激は、言葉には言い表せないほどでした。
期間にしてわずか一週間。上海・蘇州・杭州と、江南のほんの限られた地域だけを駆け足でまわる旅でしたが、見るもの聞くもの、皆めずらしく、そしてなぜか懐かしく……。
全身好奇心の塊のような私は、ガイドさんの話を一瞬も聞きもらすまい、目に映るすべての景色を心に焼き付けて忘れまいと、夜眠る時間さえもどかしく思ったものです。
正直言って、万里の長城も西安も赤壁も、行きたくてたまらなかった成都も、すべて予算と日程の都合でカットしなければならなかったのですが、それらを差し引いてもまだ余りある、感動と発見のすばらしい一週間でした。
上海では喧噪と街を行く人々のエネルギーに圧倒され、揚子江の茫漠とした流れの大きさに、悠久の歴史とひとの儚さを思い……。蘇州では、呉王闔閭(こうりょ)の墓である虎丘を訪れ、史記の世界を実感しました。
どこまでも続く大地、生まれて初めて見た地平線に沈む夕陽、朝靄の中に静まる西湖は一面の蓮の紅に埋まり、ジャンクがゆっくりと風をはらんで通り過ぎる――。
私が漠然と憧れてきた中国って、こういうものだったのかもしれません。

異国での一週間は夢のように過ぎ、帰ってきてからも、しばらくは中国熱にうかされる日々が続きました。
折にふれては李白や杜甫の詩を吟じ、夢の中でさえ諸葛孔明や項羽や范蠡(はんれい)に恋い焦がれ、幾多の英雄の運命に熱い涙をそそぎ、狂おしいほどの想いで中国に憧れた日々。
あれからすでに、四半世紀が過ぎてしまいました。
当時は、「日中友好・熱烈歓迎」の時代でしたし、今のような政治的経済的な摩擦もあまりなく、それこそ素直な心のままで「中国大好き〜〜!」と叫ぶことができたのですが、今は両国の間にいろいろな問題がありすぎますね。
中国政府の対応は、決して誠実とはいえませんし、中国の人々の反日感情も目に余ります。
それでも私は、中国の歴史が好きです。そこに生きた人々の熱いドラマが大好きです。今の中国は?と聞かれると、決して「好き」とは言えない自分が悲しいのですが……。
いつか再び、過去も現在も未来も、中国と日本のすべてが好き!と心から言える日が来ることを願ってやみません。


●三国志にはまって30年

私がこれほどまでに中国にのめり込むことになったのは、何を隠そう「三国志」の世界に魅せられたからなのです。あ、このサイトに来てくださっている皆様は、もうとっくにご存じのことかもしれませんが(笑)。
小学生の頃、初めて柴田錬三郎がジュニア向けに書き下ろした「三国志」を読んで以来、古代中国の英雄叙事詩は、鮮烈な印象として胸の中にずっと温め続けられていましたが、大学生になって出会った吉川英治の「三国志」こそ、現在の「三国志」狂いの私の根幹になった作品といえるかもしれません。
その圧倒的迫力と感動に、すっかりこのめくるめく世界の虜となってしまい、以後「寝ては夢……」の日々を送っています。
三国志に入れあげ始めた頃、個人的には関羽と趙雲が好きでした。
敗れて曹操の陣門に降った後、じっと隠忍して、それでも劉備に忠誠を尽くそうとする関羽の誠心。
長坂坡での敗戦の混乱の中、阿斗を抱いて単騎敵陣を突破する趙雲の忠義と勇猛さ。
大好きな大好きなくだりです。
さらに、小学生の頃から遥かにお慕い参らせた諸葛孔明さまっ! まあ今は少々、神棚の上の方になってしまわれましたが……(笑)。
その後、姜維とか関平とか、好きな人はたくさん増えましたけれど、やっぱり今でも蜀軍贔屓は相変わらず。「三国無双」のおかげで、以前ほど魏や呉に対してアレルギー反応は出なくなったものの、それでも根っからの蜀好きであることは変わりません。

最初に「三国志」にふれた頃は、軍師としての孔明のすばらしさ、その派手な活躍にまず目を奪われたものでした。的確な状況判断と弁舌の巧みさ、天才的な軍略はまさに神算鬼謀。それなのに少しもアクの強さがなく、人というよりはむしろ神に近い存在。
でも、本当にそうなのでしょうか?
ひとりの人間として、男性として、彼もまた乱世を生きたのです。戦いの中、苦しみ悩んだこともあったでしょう。ごく普通の家庭人として妻や子を愛し、喜び、悲しみ、時には死の影に怯え、絶望に打ちひしがれもし……。
今は、そんなごく普通の人間としての孔明を肯定したいと思っています。
私が彼に心惹かれてやまないのは、むしろその(普通人としての)人間性によってではないかと思います。孔明が至誠の人として今も私たちの心をうつのは、あるいはその生きざまのこれほどまでのみごとさ、美しさは、おそらく彼のまったくといっていいほどの私心のなさによるのではないでしょうか。
天下のため、というのが口幅ったいとしても、少なくとも孔明は、劉備のため、蜀のために生き、戦い、そして死んだのです。三顧の礼に草蘆を立ってから五丈原に散るまで、彼は決して自己の利益や権力のために動いたことはありませんでした。ただただ主君のため、国のため、ひいては国の民草のため、天下のため……。
人のために生き、人のために死ぬ。人間として、これほど峻烈で崇高な生きざまがあるでしょうか。
それゆえにこそ、諸葛孔明は偉大であり、英雄なのです。


●映画「赤壁 レッドクリフ」公開に寄せて

「三国志」の中でも一番のハイライトシーンと呼べるのが、赤壁の戦いでしょう。その赤壁の戦いを描いた映画「レッドクリフ」が11月1日から公開されています。
監督はかのジョン・ウー、となればアクションシーン満載のさぞ面白い作品に仕上がっていることでしょう。
眼鏡も新しくなったし、これはぜひとも映画館の大スクリーンで見なくては!と、今からワクワクしています。映画の感想は、また後日、きちんと本編を見た後でまとめたいと思います。
そういう訳で、今月のお気に入りは、「レッドクリフ」公開を(勝手に)記念して、大昔に書いたエッセイをリライトしてアップしてみました。
本当はこの続きに、中国湖北電視台製作のテレビドラマ「諸葛亮」について熱く語りたいところなのですが、それはまた稿を改めて――。

日本と中国の間にいろいろと難しいことがあり、社会情勢が移り変わっても、これからも私の中国(歴史)好きが変わることはないでしょう。
機会があれば、いつかまた中国を訪れてみたいと思います。今度こそ、赤壁の古戦場や荊州古城、成都、五丈原、そして孔明が葬られた定軍山へも、ぜひ。
夢はつねに夕陽の向こうへと飛んでいる――今日この頃なのです。

2008/11/3

「レッドクリフ」公式ページ
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